探索を始めましたとさ
「おはようございます。――あの、これ。朝ご飯……です」
村の門へ寄りかかって座り、体を休めて居た頃。
空が僅かに白み始めたばかりの、起きるにはまだまだ早いだろう時間。
そんな時間にわざわざ飯を持って来てくれたのは何より嬉しかった。
焼き立てのパンに干し肉と野菜の挟まったサンド。
昨日同様、飲み水の入った皮革の水筒も持って来てくれて、本当に感謝の気持ちが込み上げる。
「ありがとうな。朝早くから大変だろうに」
「いえ。この村の為に依頼を受けてくれたあなたの為ですもの。これくらいはさせてください」
話を聞く限りやっぱり村人の自作自演には到底思えず――。
されどもそれを裏付ける根拠が無いのもまた事実。
ま、どんな真相かと結論付けるのはゴブリンの巣を探してみたからだな。
と、勝手に自分の中で整理した時に、そう言えば聞いておかなければいけない事があった事を思い出す。
「そういやさ、昨日の夜に凄い雄叫びを聞いたんだけど、あれってここ最近聞こえ始めたの?」
「雄叫び……? あ、あれはこの村……というかこの土地の守り神とされている存在の声なのだと小さい頃に話を聞きました」
つまりずっと前からあるのね。
となるとあの雄叫びの主がゴブリン率いてるって線は消えたか。
「旦那、とりあえず血の跡を追いましょうぜ。もう見えてるんでしょう?」
「ん、そうだな。シズ。WWとSW頼む」
「了解ですご主人様。……さしあたって二回ほど強めに足踏みして頂けませんか?」
貰ったサンドをきっちり完食して、軽く装備をはたいて体を伸ばして。
動く準備は完了し、シズに探索に重宝する移動速度UPと空中歩行可能化の魔法をねだれば、
シズも自分の欲望を満たすための要求をしてくる。
「はいはい。ほら、よ!」
不本意ではあるがやらねば魔法もかけて貰えない。
女の子を痛めつけるなんて俺の趣味じゃないが、仕方ない。そう、仕方ない事なんだよ。
「うぇへへ~。あぁ~、この鈍い痛み――たまりませんわ~」
「シズ、魔法」
「はっ!? 申し訳ありませんご主人様。少々トリップしておりました」
すぐにブツブツ何やらシズが唱えて、風が一陣、吹き抜ける。
途端に体が軽くなる感覚に襲われ、あわやバランスを崩しそうになるも何とか持ちこたえる。
「んじゃ、カナさん。夕方くらいには戻ります」
「は、はい! お気をつけてくださいね?」
言葉は返さず、手を挙げて「任せとけ」と意思を示して。
俺は大地を蹴り上げ、宙を蹴飛ばして。
地に点々と色を付けたゴブリン達の血の行方を追い始めるのだった。
▽
「さっきの、割と決まってたよな?」
「さっきのとは? ……まさかカナ殿への対応ですかい?」
「おうよ。こう、ビシっと頼れるオーラ出てたと思わね?」
「ご主人様? いくら空を駆けているとは言え、思考くらいは足に地をつけたものにしてください」
「浮足立ってますぜ? 2重の意味で」
「お前ら冷たい時ってほんと冷たいのな」
「甘やかされたい年でも無いでございましょう?」
「あっしは氷槍ですからねぇ。そりゃあ冷たいでしょうぜ」
木々を縫うように宙を蹴り、血を見逃さないように低い位置を駆けながら会話をしていて、ふと気が付いた違和感。
トゥオン、ゴブリン達が血を気にせずに素直に巣に逃げるなんてあり得るか?
思考を読める相手に、口を介して説明する間を惜しみ、思考を読ませる。
「無きにしも非ず。よっぽど慌ててたりしないと無いでしょうけど」
その言葉を聞いて、近くの木の幹を蹴飛ばし強引に減速。
ゆっくりと大地を踏みしめる。
「ご主人様? どうなさいましたか?」
「おかしくねぇか? 人間でもある程度離れて追って来ない事を確認したら止血するよな? ましてやゴブリン達だ。魔物達は回復速度異常だし、こんなに長く血を滴らせながら歩くか?」
「だとすればゴブリンの狙いはなんですかい? ――聞くまでも無い事でしたかね」
「罠。ですわね」
ほんの少し先、それまで続いていた血の印は、そこから一切どこを見渡しても、背後以外には存在していなかった。
「気が付いたのはいいですけど、明らか手遅れなのでは?」
「戻るのも危険……だよな。稼がれた時間で別の罠が張ってある可能性がある」
「ご主人様!! 後ろ!!」
言われた通り、足を地につけて考えを纏めようとした時である。
シズが叫び、言われた通りに背後を気にして――。
俺は、どでかい衝撃と、あたたかい感覚に襲われ、足が地を離れるのを一瞬だけ感じて。
視界と意識が真っ暗になった。