嫌な予感を感じましたとさ
その後は概ね平和。
また何かあれば声を掛けるようシューリッヒへ伝え、再度の仮眠。
いや、まぁちゃんと寝てる理由はあるんだぞ?
別に怠けたいってだけじゃ無いからな?
「ケイスさん。本日はここで野宿となります」
日も傾き、もうしばらくで辺りが夜に染まる頃、そう声を掛けられ、俺は体を起こして伸びをする。
「どんな状況だ?」
「さっきのまま川に沿うように進みましたので、当然側に川が流れています。川を辿ると森があり、目的地はこの川を下流方面へと行ったところ。このままのペースで行きますと、三日から四日前後だと思います」
町や小屋、あるいは買い手などとは言わずに目的地か。
本当に情報については徹底してんな。
「そういやセレンは? 姿が見えないが……」
「セレンさんでしたら、顔を洗ってくる。と川の方へ行かれましたが?」
へぇ、ひょっとしてあいつずっと寝てたのか?
俺と同じ事を考えていてくれるとありがたいんだが……とりあえず俺も顔を洗ってこよう。
「俺も顔洗ってくる。……何かあったら」
「すぐ大声出します。お二人が戻ってくる間に火の準備をしておきますね」
野宿をする上で大事なことは二つ。
一つは水。調理にしろ何をするにしたって水は要る。水が無かった、ただそれだけの理由だけで仲間を無くしたパーティを俺は知っているし、冒険者以外でも必ず水を確保する手段だけは最初に確認する。
二つ目は火。暖を取る、灯りの代わりもあるが、一番は火に怯えるモンスターを寄せ付けないこと。
本能的な物なのか火を恐れるモンスターは多数存在するし、モンスターなんざ出来れば戦わない方がいいのは誰だって分かる。
温かい料理だってあれば心が安らぐしと、水の次に重要な物だと俺は認識している。
当たり前のようにその両方の事を考え、動いてくれるというのは、同行者にとってこの上なくありがたかったりする。
「さて……どの辺りかねぇ」
川へと向かい、川の幅や確認できるまでの川の形をつぶさに観察し、脳内に記憶されている周辺の地図と照らし合わせてどこへ向かっているのかを割り出そうとすると……。
「のう、ケイスよ」
いきなりセレナに声を掛けられた
「うおっ!? びっくりした!! どうしたんだいきなり」
「この辺り……何やらざわめくのじゃ」
「何やらって……具体的には?」
「それが分からぬ。……胸の奥――本能とでも言うかの。そこが穏やかでは無いのじゃ」
何とも歯切れの悪い忠告というか、報告というか……。
「虫の知らせってやつか?」
「なっ!? 失敬な! 妾は虫などではないぞ!!」
「いや、例えばっつーか、そういう言葉があるんだよ!!」
変なところで地雷を踏んだのか、声を荒げてプンスカ怒ってしまったセレナをなだめる様に頭を撫でる。
「確か、人間に潜在的に存在するとされている予感や感情の類いだったか。それを虫って表現するんだ」
「何ともまた変わっておるのじゃ。体内に居る奴が一体何を知らせられるというのか……」
「だから例えばって言ったろ? 比喩だよ比喩」
何というか、セレナに物事を説明するのは骨が折れる。
もちろん実際には折れないけどな?
「けど、人間でもそんな事があるとされているんだ。聖白龍様ならもっと正確に、望まぬとも感じちゃうんじゃねぇの? 悪い予感てのがさ」
「むぅ。……しかしケイスよ。この場合思いつく悪い予感というのは、どう考えてもこの依頼に関する事だと思うのじゃが?」
「……思ってたけど口にしなかったんだけどな? まぁ、そうとしか考えられんし」
あまり話し込んでもと、セレナに戻る事を伝えて強引に話の流れを断ち切る。
悪い予感ほどよく当たり、想像すればきりが無い。
んなもん考えないに限る!
「お帰りなさい。こんな感じでどうでしょうか?」
シューリッヒの元へ戻ると、辺りを照らす焚き火と、その焚き火に当てられ、温められている鍋が出迎えてくれた。
「申し分なし。まぁ、この火を見て他の冒険者やらが寄ってくる位じゃねぇか? 冒険者にとって火は貴重だし」
下手すりゃ自力で火を熾せない冒険者だっているし。
最も、そんな奴らはこんな夜に出歩きはしないだろうと思うが。
「料金さえキッチリ払って頂ければ文句は言いませんよ。私も商売ですし」
「安全を売るって商人でも無いだろうに」
「需要さえあれば何でも売りますよ。もちろん、私の命や体は別ですけどね?」
装備を売ろうとしている人間が何を言う。と皮肉っぽく言ってみたが、帰って来たのは商人魂とでも言うべき言葉。
需要を作って売る、なんて言わなかっただけ、まだ良心的な商人だろうよ。
「さて、諸経費全て依頼内容に自分負担と盛り込んでいますし、遠慮なさらずどうぞ。ウサギ肉と野菜のシチューですよ」
そう言って火に掛けられていた鍋からよそい、湯気の立つシチューをこちらへと差し出してくる。
その瞬間に、クゥ。とかわいい音が俺の隣から聞こえてきて、俺とシューリッヒは思わず顔を見合わせて食事に入った。
顔を真っ赤にしながらもシチューに舌鼓を打っていたセレナは、先ほど感じた悪い予感はどうやら忘れたようだった。