結構嬉しかったですとさ
「いかがでしょうか?」
俺の答えなんざわかりきっているだろうに、あえて聞いてくるところがなんともこいつらしい。
「それで構わねぇさ。聞かなくとも分かってるだろうに」
「後から言った言ってないの水掛け論などしたくありませんので。では、今から連絡致しますので、そうですね……お昼頃には屋敷を利用できるようになるかと」
宿泊施設を飛び出したのが夕暮れ時で、俺が刺客達と追いかけっこに興じていたのが夜から深夜にかけて。
ユグドラシルと共に研究施設を潰したのも深夜のうち。
刺客達とゆっくりエポーヌ国に帰ってくる頃に空が白んできて、現在は日が昇り皆が起き出すくらいの時刻だろう。
そこから昼までの間に屋敷を利用可能にするって事は、普段から手入れを行き届かせているか、従者が優秀か、あるいは両方か。
「分かった。準備が出来たら案内してくれ。俺はそれまで寝てるから」
「セレナ様の報酬に関して口を出さずともよいのですか?」
「下手な報酬にしたらせっかくの二つ名のあるモンスターが手元から離れるぞ? んで不当な扱いを受けたと牙向けるかもな?」
「……ご安心を。妥当かつセレナ様に気に入るであろう報酬を用意しておりますので」
体力の限界を感じ、その場で目を閉じた俺にわざとらしく尋ねたキックスターを一蹴。
そんな事をするほど馬鹿じゃないと思うが、念のため釘だけは刺した。
あとはセレナの問題だ。――ぶっちゃけモンスターっつーかセレナが何を貰って喜ぶか見当つかねぇし。
かみ殺し続けていたあくびを我慢せずに解放し、始まった報酬の説明を子守歌代わりに、俺は重くなった瞼を閉じて、座ったままにゆっくり夢の世界に入っていった。
*
殺気を感じ、思わず目を開けトゥオンに手をかけると、俺に視線の先には変わらず薄い笑みを浮かべるキックスターの顔があった。
「おや、丁度よくお目覚めですね。屋敷のほう、準備が整ったそうですよ?」
殺気を向けたくせに、白々しくそう言うと、案内します。と立ち上がるキックスター。
――こいつ。
「一応屋敷の簡易な説明ですが、庭、客室、応接室、居間、寝室、風呂など、生活するのに不自由ないものとなっております。説明しましたとおり、従者がおりますので、何かあればそちらへ申しつけ下さい」
「待て。従者に払う賃金はどうなってる?」
説明をするキックスターに、ふと疑問に思ったことをぶつけてみると――。
「国が負担しております。それだけケイス様が必要な存在であると認識いただけると……」
との返答が。
「ああ、そうかい。ありがたいことだね全く」
何が必要な存在だよ。……自ら動きたいけど動いたのが周りにバレると困るような事を俺に依頼するって自白してるのと変わらねぇだろそれ――。
んで国に都合が悪くなると俺は行方不明にさせられる……と。
「着きました。こちらのお屋敷です」
宿泊施設から徒歩でそんなに歩かない距離。
周りに似たような外見の屋敷が建ち並ぶ集まりの一つの前で足を止めるキックスター。
「お帰りなさいませ。そちらの方がケイス様ですか?」
どう見ても誰かが住んでいるとしか思えないほどに手入れされた庭から顔を出したのは――。
メイドさんだった。
特にフリフリも無く、動きやすさのみを追求した色気もへったくれも無い露出をほとんどしないその格好だったが、個人的にそれはありがたい。
ただでさえ装備している全員が女で、色々アウトとはいえセレナも女っちゃ女。
さらに色気のあるメイドさんなんていてみろ……爆発するぞ――色々と。
「そうですよ。こちらエシット・ケイスさん。ケイスさん、こちらのメイドがこの屋敷の事全般をしてくれるナデ・メイリンさんです」
「ご紹介いただきましたメイリンです。何かあれば気軽にお申し付け下さい。その分のお給金は貰っていますので」
スカートの裾を摘まんで持ち上げ会釈をする様は、どこかのお嬢様に思える。
ただお嬢様なら給料については絶対に口にしないだろうがな。
まぁああして金貰ってるからある程度やるって言ってくれた方が俺も割り切って考えることが出来るし、下手に気を遣わないから楽だけどな。
「お、ここがケイスのこれからの巣か。中々じゃの」
俺の後ろからのぞき込んだセレナがそう口にし、メイリンを見たときに――。
「――!?」
一瞬あからさまに警戒し、俺の後ろに隠れたがすぐに首を捻りながら出てきた。
「なんじゃ? 今の感覚は……。気のせいなんじゃろうな……」
不思議そうにブツブツ何かを言っているが、どうやら一人で無理矢理納得したらしい。
「妾はセレナじゃ。これから世話になるぞ!」
そうメイリンに声を掛け、一目散に屋敷へと駆け出した。
「あ、こら。一応名目上俺の屋敷なんだから先に入るんじゃねぇ!!」
「早い者勝ちじゃ~~」
どんな経緯だろうが手に入れた念願のマイホームをセレナに先を越されてなるものかと負けじと駆け出した俺の後ろで、キックスターとメイリンが何やらアイコンタクトをしている事に、残念ながら俺もセレナも気が付くことは無かった。