本当にデタラメですとさ
果たして何の魔法だったのだろうか。
少なくともドリアードの魔法では無かったその魔法は、恐らく土属性の対抗属性である風の魔法だと思うが、ユグドラシルにまるでダメージが見受けられないのでなんとも言えない。
「愚か者共に言っておくぞ? 私にダメージを与えたければ最低でも私と同格の魔法を放て。そしてこのすがたはただの分体ゆえ、本体にたたき込むことを勧めておくぞ?」
僅かも動じず、相手にアドバイスまでくれてやるのは余裕の表れなのだろう。
まぁ残念なことに四大精霊の力を行使するような魔法なんざ見たことも聞いた事も無いし、仮に使えたとしたら国から保護されて戦場の切り札となっているのでこの場には居ないだろうが。
「ふ、ふざけるな! お前達は一体……」
その言葉の続きは何だったであろうか?
どうしてここが? 何が目的だ? 予想は出来ても答えは残念ながら分からない。
何故ならばその口を開いた研究員の下顎を、ユグドラシルが引っこ抜いたからだ。
重い、鈍い音が響き、ビチャビチャと生暖かい赤が辺りに飛び散る音が響き、その男の口から漏れるのはそこからは言葉では無く悲鳴や慟哭のみ。
地をのたうつその存在を蹴飛ばし部屋の壁に激突させ、引き抜いた下顎を揺らしながら、
「もう一度聞くぞ? 核の保存場所はどこだ?」
先ほどと変わらない声のトーンで、ユグドラシルが再度質問。
ただでさえ半狂乱になっていた研究員達は蜘蛛の子を散らすようにユグドラシルから距離を取ろうとするが、俺の横に立っていた存在はいつの間にか逃げ惑う研究員一人の行く先に先回りしていて。
「全体に言っても返答が得られぬので、個人へと問おう」
驚愕と恐怖の入り交じる顔でユグドラシルを見る研究員の頬に手を添えて、今度は優しく問いかける。
「核の保存場所はどこだ? もしくは、この場所の責任者は誰だ?」
優しい問いかけは、残酷な選択肢であり、大人しく話すか身代わりに上司を差し出せと言うもので。
どちらを取るかと葛藤している研究員へ、ユグドラシルの腕が振るわれる。
俺が捉えたユグドラシルの手に握られていたのは片方の耳。
歪な断面は、むしり取られた。あるいは千切られたと表現するのがぴったりなもので、無くなった耳を押さえて絶叫する研究員に、ユグドラシルは声を落とす。
「耳か、保管場所か、責任者か」
一つだけ増えた選択肢を取れるほどの者は、この場所には居ない。
もちろん俺も含めて、だ。
目の前で下顎をぶち抜くという行いを目の当たりにしているからこそ、脅しでも何でも無い通告だと理解出来る。
そして、それを拒むためには……。
「あ、……あいつだ!」
震える指で一人を指さし、震える声で責任者を明かす研究員。
当然俺じゃ無い、本当はこいつだ。と周りに振りまくが、
「では皆に聞こう。責任者を指させ。他の者と違う相手を指していた者全てを責任者と見なし……じっくり質問させて貰う」
とのユグドラシルの言葉に、恐怖から逃げるために明かされた責任者は、引きつった顔でその場に座り込んだ。
まるで、好きにしろとでも言うかのように。
「核はどこだ?」
「知らん」
右腕が――跳んだ。
「核はどこだ?」
「ひぃっ! ……知らない」
右の足が、付け根から引っこ抜かれた。
「どこだ?」
「ひぃぃぃぃぃいっ!?」
恐怖と嗚咽とが入り交じった悲鳴しか漏らさないソレを、ユグドラシルは一瞥すると、先ほど耳を千切った研究員の元へ近寄る。
「へ?」
へたり込み、水たまりを作って動けないで居るその研究員の血まみれの頬を撫で上げると……。
元に戻った――千切られたはずの耳が。
「正直に言っていた報いだ」
正直に話したことに対する報酬。それが、ユグドラシルが奪ったものの返却。
それを見せつけることで、しらを切り続けた責任者の胸の内に、とある希望が沸いてきてしまう。
すなわち、素直に話せば、元通りに戻して貰える、と。
情報を渡すどころか研究成果を相手に全て渡すことになり、例え生き延びても秘密裏に消されてしまいそうなものだが、そんな事が考えられるほどの余裕は全てユグドラシルが奪っている。
結果、
「ん? さらに下?」
自身の血だまりのある床を指さした責任者は、俺が聞き返すと猛烈な勢いで頷いた。
とはいえようやく口を割ったか、とユグドラシルを見れば、もの凄く険しい顔をしていた。
「そうか。一部がここにあるだけで大半は埋め込んだ後か」
一人で納得したらしいユグドラシルは、ゆっくりと手を上げて。
「礼を言う。ケイスとやら。読心妨害でもあったか、中々思考が読めなんだ。が、先ほど聞き返したときにようやく思考を晒しおったわ」
こちらへ向けて感謝の意を伝えると――。
「全て飲まれろ。特別に、億年単位で分解してやろう」
まるで意味の分からない言葉を言い放ち、辺り一帯はユグドラシルから放たれた茶の光に包まれた。