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久しぶりの無茶ですとさ

 無邪気に言われたその言葉を理解するより早く、あるかも分からない安全な場所を求めて大きく地を蹴ろうとしたが、殺気を感じている俺の直感がそんなものは無いと告げている。

 シズが風属性の障壁を俺の周りに張ってくれたが、流石に四方八方からくる魔法全てを防ぐことは出来ないだろう。

 冒険者をしていると幾度となく感じる死と隣り合わせの感覚。

 濃密な一瞬は全身の毛穴を開かせ、重く熱い汗を吹き出させる。

 逃げ場が無いなら――――向かうしか……無い。


「ちょっ!? 旦那ぁっ!?」


 予想外の行動だったのか、素っ頓狂な声を上げるトゥオンを無視し、俺は向かってくるドリアードの魔法の一つへと思い切り駆け出した。

 全部を受けられない障壁ならば。

 一つだけを受ければ良い状況に持って行くしか無い。

 それが無茶など百も承知。しかし、俺の頭ではその位しかこの場を乗り切る方法が思いつかなかった。

 来たるべき衝撃に備え身を固く、小さく縮こめる。

 ドリアードの魔法へとまずは障壁が接触し、耳障りな音が一瞬発生すると、僅かに凹んだだけの魔法は、何事も無かったかのように俺を飲み込んでいく。

 全身を万力で締め付けられるような痛みが覆い、呼吸が出来なくなる。

 骨は(きし)み、内臓は潰される――が、何とか生きてはいる……と思った直後に魔法が爆ぜた。

 吹き飛ばされ、地面を転がされ、こみ上げてきた血を地面へと盛大にぶちまけるが、辛うじて生きている。

 もちろん、そんな俺の姿を見つければ刺客達は追撃してくるだろう。

 そう考えて、魔法で巻き上げられた粉塵が晴れる前に、俺は自身の身体に鞭打って、再度森の中へと姿を隠した。

 魔法により鼓膜が破れ、この時に俺を呼ぶ声があったと言うことを知ったのはもう少し後の話である。


「なんじゃ、ケイスのやつ。妾の呼びかけを無視しおって……」



 転々と垂れる血で追われぬように、時に血だまりを引き返し、何度かフェイントを入れて森の中を逃げ回り、それも力果てて現在は木に寄り添うように身体を預けている。


(何とか……なったか?)

(本当に無茶しますねぇ、旦那。大丈夫ですかい?)

(どう考えても大丈夫じゃねぇわな。野垂れ死ぬなよ? 相棒)

(治癒魔法掛けてるけどあまり効果無いみたい。パパー? 死んじゃやだよー?)

(とりあえず、動かず、消耗を抑えて、セレナ様を、待つ。それが、最良)

(刺客の方々より先にセレナ様が戻ってきてくれると良いのですが)


 感覚から数本の骨といくつかの内臓がダメになった今の身体で、逃げ切れたこと自体が奇跡のようなもので、ぶっちゃけもう一歩どころか首すら動かす気力ねぇぞ。


(なぁ……眠いんだが、寝たらダメか?)

(永眠になっちまいますぜ?)

(遅いか早いかの違いかも知れねぇがな! HAHAHA)

(寝たら、起こす。死ぬまで、起こす)

(メルヴィ? それは本末転倒ですよ?)


 脳内が賑やかなことは嬉しいが、冗談抜きでマジで眠い。

 装備達の忠告を聞きつつも、抗えないその睡魔に身を任せようとした時である。

 俺の正面に影が差した。

 視線だけを上げ、その影を作っているものの正体を確認しようとしたが、残念なことに視界に入ってきたのはフード付きローブを着込んだ姿だった。

 あぁ、万事休す。人生無茶しまくったな。

 そんな事を考えながら、生を諦めた瞬間。

 持ち上げられた。片手で、ヒョイと。

 そして俺に向かって何やら口を動かしているらしいが……何も聞こえねぇ。

 鼓膜も破れちまってるのか。


「悪いな。鼓膜破れてるわ。能書き抜きでさっさとやってくれ」


 いかなる質問にも、拷問にも応じないからさっさと殺せ。

 そういった意図で口にしたのだが、どうやら相手は俺の想像とは違ったらしい。

 突然として、その者の手にはリンゴが握られていて。

 どこから出した? や、何でリンゴ? という至極真っ当な疑問を抱く俺に向けて、そのリンゴを――頭に振り下ろした。


「――ってぇなぁっおい!!」


 俺の頭に衝撃を与え、砕けたリンゴを見ながら何故か頷いているそのローブの者へと思わず怒鳴りつけた俺は、身体の違和感に気付いた。


「治ったか?」


 低く、地が奮えるような声でそう尋ねたローブの存在は、俺を無造作に投げ捨てる。


「セレナから話は聞いた。ドリアードを人間が何やらしてると聞く。貴様はどこまで情報を持っている?」

「念のために確認したい。ユグドラシル様でいいんだな?」

「どう思うかは全て貴様次第だろう? ここで私がユグドラシルだと自己紹介して見せたところで、先ほど貴様の身で体験したところで、貴様がそれを否定すれば無駄になってしまう。……違うか?」


 うわ、何か面倒くさいタイプだな……。素直に認めていると言ってしまおう。


「念のためだって。じゃあユグドラシル様だとして話を進めるぞ?」

「たったあれだけのことで私をユグドラシルと認めるのか。貴様、少し疑うことを覚えたらどうだ?」


 うわぁ……めんどくせぇ……。

 誰か助けてくれ……。


「ん、おぉ。ここに居ったかケイスよ。探したのじゃ」


 俺の心の声が届いたのか、俺とユグドラシル(仮)の茂みからヒョッコリ顔を出したのは――セレナだった。

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