動き回りましたとさ
「さて、情報は手に入ったが……もう戻るか?」
渡された記録書の複写を懐にしまい込み、セレナへと尋ねてみると。
「まずは情報の精査が必要であろう。これが情報だ、とその複写全てを渡すわけにもいくまい」
と至極当然のことを言われてしまった。
「……そりゃそうか。んなら宿で部屋取ってそこで確認するか」
「盗み聞きの心配が無く、それでいて異常を感じた時にすぐに逃げ出せる場所がいいんでないですかい? 割とその記録書、きな臭い感じがしますぜ?」
「けどそういった場所ってのは値が張るからな。相棒に払える資金が残ってるかな! HAHAHA!」
「何の、ための、特別冒険者証。三割引されれば、利用可能……なはず」
そういや割引効果とかあったな……。すっかり忘れてた。
とりあえずやることは決まったし、そうとなったら少し急ぐか。
「じゃあセレナ、こっからは無言で着いてきてくれ。ちょっと早足になるが、気にしないでくれよ?」
いきなりの宣言であり、半強制的にそう告げたが、セレナは言われたとおりに無言で頷いてくれた。
そのセレナの手を取り早足でその場から離れる。
(トゥオン、セレナと思考を繋げてくれ)
(合点承知の助!)
狭い路地裏から大通りへ一度出て、さらに路地裏へと入り込む。
くねる道を突き進み、急な方向転換を何度か繰り返し、さらには再度大通りへと戻り、路地裏へ。
(何をしておるのじゃ?)
(監視だか知らんが見張られてる。あの男が消えてすぐに気が付いたが……さて)
随分と遠回りをして、辿り着いたのは目的の場所。
VIPな権力者や金持ち冒険者が泊まるその宿泊施設は、そんじょそこらの宿とはサービスも値段もひと味違う。
この施設に一泊する金額で、おれのよく利用する宿に十日は泊まれる。
そんな滅多に利用しないであろう施設に、人の流れに合わせて滑り込むように入り、即座に受付へ。
「今から一泊。空いてるなら一階の部屋。空いてないならなるべく下の階の部屋がいい。金は前払いで」
こちらに気が付いた従業員の挨拶を聞く前にそう捲し立て、
「あとさ、これ……使える?」
例の特別冒険者証を見せると、一瞬で従業員の顔色が変わった。
「は、はい! 利用可能です! ……現在は一階は一室しか空いてませんがそこでよろしいですか?」
「いや――だったら二階でいい」
「かしこまりました。では二階の三十番の部屋をご利用ください」
即座に名簿を開いて空き状況を確認。空いている部屋を教えてくれたが、俺はあえてその部屋では無く二階の部屋を利用することにした。
そして料金を払おうとすると……。
「こちらのカードは掲示された時点でクレジットカード扱いにさせていただいております。後日払いで結構です」
と説明された。
……んな説明、貰った時にはされなかったがな。
「鍵はこちらになります。では、ごゆっくり」
従業員から鍵を受け取り、お辞儀で送られて。
俺はまたも早足で用意された部屋へと向かった。
*
「ふう。……尾行付きで動くのってどうしてこう疲れるかね」
「しつこかったし、手強かったですねぇ。多分ここに入っているのも確認されてますぜ?」
「百も承知だ。……どうやってか抜け出せたらいいんだがな」
「なあ、ケイスよ」
ベッドに身を投げ、つかの間の安息を感じていると、セレナから質問が飛んできた。
「なんだ?」
「最初に一階の部屋を要求しておいて、何故に二階を選んだのじゃ?」
「一階に選択肢が無かったから」
「選択肢?」
質問には答えたが、その答えがいまいち分かっていないらしいセレナは首を捻る。
「つまり、一室しか空いていない事が私たちを尾行していた者達の罠の可能性があったんですよ」
「……あ、なるほどなのじゃ」
シズの説明で答えの意味にたどり着けたらしいセレナは小さく頷く。
尾行に気付いたタイミングからしても、俺がこの場所を目指すことを聞かれていた可能性があったし、そうなったらここで話す内容をなんとしても聞きたいはずだ。
そうなれば部屋に盗聴の魔法なりアイテムなりを仕掛けたいだろうが、全部屋に仕掛けるとなると時間が圧倒的に足りないだろう。
なら、こっちの思考をある程度読んだ上ですぐに逃げることが可能な一階の部屋を一つ残して利用し、残した部屋を盗聴できるようにしておけば、後は俺らがそこに入ってくるのを待つだけ、という寸法だったのだろう。
「ま、思惑が外せただけで、尾行を振り切れた訳じゃ無いから面倒っちゃ面倒なんだが」
「とりあえずは記録書に書かれている情報についての精査をしましょうぜ。ソレが目的なんですし」
「じゃの。……と言っても読むだけでは無いのか? 文字通り、記録した書なのであろう?」
記録書を取り出し、部屋の中央にあるテーブルへと置いて――俺は着込んでいる鎧を軽く二回ほど叩く。
「メルヴィ、出番だぞ」
「ん、分かった」
鎧が一瞬光ったかと思えば、目の前に青髪黒目の盗賊少女が現れて。
――いつ見ても声と口調に対して違和感覚える見た目してるんだよなぁ……メルヴィ。
記録書を念入りに読み、読み終えたらまた頭から読む、というのを数回ほど繰り返し。
「覚えた」
メルヴィがそう呟いたのを確認して。
「うし、じゃあ燃やすか!」
俺は爽やかな笑顔でそういった。