牽制しておきましたとさ
「まず、説明させて頂いた通りにこれを掲示するだけで、ギルドからこれまで通りの依頼を受注する事が可能です」
にこやかな笑みでこちらを見ながら説明する男は、ゆっくりと出されたお茶に口を付ける。
「次いで、様々な施設への入場が無料になります。また、図書館などでの閲覧禁止区域への入場が一部認められます」
一息ついて男が説明した内容に思わず顔をしかめ、表情だけで疑問に思っている意志を表す。
普通に考えてあり得ないからだ。
冒険者に与える報酬にしても、街一つの異常を解決した俺に対しても、である。
まぁつまるところ普通では無いと推測できる訳で。
普通では無い部分を考えるとなると……。
(統治者の目的……でしょうねぇ)
(思いっきり相棒の口封じも兼ねてるな)
(これで、にい様、監視対象?)
(ある程度は泳がせると思いますけど……不穏な動きを見せたら即捕縛でしょう)
脳内で物騒な会話が聞こえてくるが、本当にそうなりかねないのが笑えねぇ。
(どういう事か掻い摘んで説明してくりゃれ)
一人ついて来れて無いやつが居たか。
(つまりっすね、あの統治者の目的が問題で、それをあっしらが聞いているが故の措置って事っすかねぇ)
(? ……あぁ、ハルデ国がどうとかいうあれか)
(はい。ハルデ国が明確な侵攻の意志を示している証拠であり、持って行く場所さえ選べば膨大なお金を手に入れる事が出来るでしょう)
(それを防ぐために妾達を優遇する? いまいちよく分からん)
隣で仏頂面をし手を組んで考えている風のセレナは俺等人間の思考をなぞるにはまだ日が浅いと見える。
(情報ってのは鮮度と正確性が一番大事だ。特に重要視されるのが正確性。俺らはその正確な情報ってのをトゥオンのおかげで手に入れた。ここまではいいか?)
(ふむ)
(んでエポーヌ国はこの情報を使ってハルデ国を出し抜こうと考えているわけだ。そこにハルデ国へ俺が情報を持ち込んだらどうなる?)
(どうなるも何もエポーヌ国とやらが出し抜け無くなる……あぁ、合点がいったわ)
理解してくれたセレナの仏頂面が僅かに崩れるのを俺は横目で確認した。
(つまり外交の手札にする腹な訳か。それをお主らに台無しにされたくない。だからある程度太っ腹な報酬を与えて黙らせよう、という訳じゃな)
(金銭以外に与えて来た理由もそれさ。金だけだと金で裏切られかねないからな。だから特権として報酬を追加したのさ)
(なるほどのう。人間というのは中々に面白い生き物じゃな)
ご機嫌に足を振っているセレナの姿に、思わずほのぼのした空気が流れる。
「最後に料金の割引ですね。このカードを掲示していただくだけで宿屋や装備屋など、利用するであろうほとんどのお店の物を三割引きで利用できます」
あ、それ一番嬉しいかもしれねぇ。
んでも勝手に三割引きにされたら店側はたまったもんじゃねぇだろ。
「この割引された三割に関しては、我ら国が負担しますのでご安心を」
それなら安心だわ。
「ですので、今回の騒動においてあなたが見聞きしたものについて他言しないでいただきたいのですが」
「分かってるよ。たまたま統治者が黒幕だと気が付いて、たまたま本人しかいない所を奇襲して、たまたま生け捕りに出来た。これでいいんだな?」
「はい。察しが良くて助かります」
それでは、と席を立ち、先に部屋から帰ろうとする男に対して、
「んじゃ、俺からも一つ」
と声を掛ける。
「なんでしょう?」
立ち止まり、首だけを回して振り返った男に、
「今日この場には俺しか居なかった。統治者を捕まえたのも、依頼を解決したのも、俺一人の手柄。そうしといてくれ」
言った瞬間に脳内でセレナが抗議をした事は想像に難くないだろうが、それをトゥオン達総出でなだめてくれた。
「……なるほど。分かりました。一応彼女の分もカードは作って来たのですが、必要無いという事でよろしいんですね?」
最初から掲示してない癖によく言うよ。
これだから国で働いてる奴らは嫌いだ。
どんな策巡らせてるのか分かりゃしねぇからな。
「構わねぇよ。んじゃ、そういう事で」
男の後ろ姿へと手を振って部屋から出るのを催促すれば、
「では、お疲れさまでした。ケイス様、セレナ様」
とだけ言って素直に部屋を出る男。
扉が閉まり、足音が僅かすらも聞こえなくなった所で、俺は思い切りため息をついた。
あの野郎、やっぱりセレナの事探ってんじゃねぇか。
あわよくば二つ名付きのモンスターって事で国で使役する算段でも立ててやがったんじゃねぇだろうな……。
(それがお主だけの手柄にした理由かの?)
(ご名答。国の為にモンスターが介入して騒動を収めたなんて、国からしたら喉から手が出るほどに欲しい異常だ。その事実だけでどれだけ他国に対して有利になるかなんざ想像つかねぇ)
(そして他国はそれが面白くないってんで、セレナ様を狙って討伐隊なんかを差し向けて来るでしょうねぇ)
念話中に立ち上がり、セレナへと手を貸して立たせてから、二人で共に部屋を後にする。
さてと……こっから先どうすっかな。