流石に予想出来ませんでしたとさ
動けない状況で、それでもどうにか動けないかとああでもない。こうでもない。
と、トゥオン達と相談していた時である。
――空が……晴れた。
いや……俺の目の前というか、周りというか。ごく限られた部分だけ霧が、まるで逃げる様に、避ける様にその場から退いていく。
そして霧が俺の周りから綺麗に離れて――ゆっくりと俺の前に降りてくるのは……全裸の少女っ!!?
辛うじて動く首を可能な速度で横に振り、何とか一瞬の視認だけで済ませる事に成功する。
空から女の子(全裸)とか事案案件です本当にありがとうございました。
つかその女の子誰? 何で神々しく降りて来てんの?
俺が固く目を閉じて、そんな事を考えている時である。
「そち。母上のモノを持っておるか?」
一瞬だけ目に映った見た目に違わず、幼さとあどけなさの残るその声は。
真っ直ぐに俺に向かって伸びてきた。
(トゥオン……対応してくれ。俺があの子を直視したら犯罪だ)
(へいへい。とりあえず服を着る様に言いますぜ?)
(頼む)
「どなたか分かりませんがお嬢さん。初めまして。あっしはトゥオンというもんでさぁ」
「――? そち、どこから現れおった?」
「あっし、槍のトゥオンと申しまして、そこの動けないおっさん……ケイスって名前なんですけどね? そのケイスの背負ってる槍が本体なもんで」
「ふむ。呪いの装備の類か。それで? そのようなものが妾に何用か」
何故俺はトゥオンに軽くディスられたのか。コレガワカラナイ。
しかしトゥオン、とりあえず早く服を着る様に説得してくれねぇかな。
「ところで、あなたの名前を伺ってもよろしいですかい?」
「妾? 妾はセレナという。しかと覚えるがよいぞ」
「セレナ様ですね。しかと覚えましたぜ。……さてセレナ様?」
「なんじゃ?」
「洋服などはお召しにならないので?」
ようやくか。もう少し遅ければ俺が怒鳴りそうになるところだったぜ……。
「必要かの?」
「必須ですねぇ」
そうか。とトゥオンに諭されたセレナという少女は、指パッチンを一度、高々と鳴らして。
「ほぉ。こりゃあ見事なもんで……」
なんてトゥオンが感嘆の声を上げるが、見えないから何が何やら。
「あ、旦那。もう目を開けても構いませんぜ?」
との声掛けもあり、恐る恐る目を開けていけば。
そこに居たのは薄いクリーム色のワンピースを着た先ほどの少女で。
指パッチンにて魔法で服を作り上げたらしかった。
……うん? 魔法で服を? はは、人間に出来ない芸当だなぁ……。
「あんた、なにもんだ?」
心の中の正直な疑問。純粋な悪意無き質問にしかし。
「? 妾はセレナであると言っておろう」
「名前じゃなくて種族だ。少なくとも人間じゃねぇだろ?」
「ふむ。種族か。何と呼ばれておったかのう……」
顎に伸ばした人差し指を当て、んー。と空を見上げて考えるセレナであるが。
答えが飛んで来たのは俺の方から。
「にい様。さっきの、セレナの、言葉。母上のモノ。それって、鱗の、事、なんじゃ」
「そうじゃ! 母上の気配じゃ! どこに持っておる! さぁ! 出すのじゃ!」
「母上ってハウラの事か!? そりゃあ確かに鱗は持っているが……」
ポケットに入っていたハウラの鱗を取り出すと、一瞬で俺の手から鱗を掠め取り、頬擦りを始めるセレナ。
「あぁ……母上の。母上の鱗……あぁ……神々しい……」
恍惚の表情で、鱗が削れるのではと思う程に頬擦りをするセレナは、何とも危ない雰囲気を醸し出していた。
何か……近寄りたくない空気だな。
「そう言えばそちよ。何やら気配が多いが、他にも呪いの装備があるのかの?」
あぁ、ハウラにもやったくだりだなこれ。……またやるのか……。
*
全員の自己紹介と、現在置かれている状況をセレナに説明する。
「という訳でこの霧のせいで街が大変になってんだわ。んで霧の影響で俺は手足が痺れて動けない、と」
「藁にもすがる思いでハウラ様の鱗の加護を……」
「ふむふむ。この霧、毒かの? 呪いかの?」
「呪いだと思うぜ? 状態異常耐性効かなかったみてぇだし」
「なんじゃ。呪いであるなら妾に任せよ」
そう言って俺に跨ってくるセレナ。
――いや……何してらっしゃいますかね?
先ほどまで頬擦りをしていたハウラの鱗に口付けし、その鱗を俺の胸に押し当てて……。
「払い給へ清め給へー。とな」
なんて呟いた。たったそれだけの事で。
身動きが取れないまでに痺れていた俺の手足は、あっさりとその痺れを忘れ去った。