どうやら進行しちまいましたとさ
結論から言おう。教会の文献なんて当てになりゃしねぇ。
確かに過去の霧の件については情報があったさ。しっかり書いてありましたとも。
けどさ、霧の発生原因が異教徒の仕業で? 霧が晴れたのは神の御業で?
救われたのはこの街の信仰が多かったから。なんて大真面目にしかもドヤ顔チックに書かれていればそんな感想を持っても不思議じゃないだろう?
「あのー……険しい顔をしているみたいですけど……?」
「ん? ……あぁ、悪い。ちょっとな……」
シスターに顔を覗きこまれ聞かれるが、どう答えろと?
「あまり良くない事が書いてあったのでありましょうか……」
「良くないっつーか……まぁ、欲しかった内容とは違ったな……」
果たしてこの返答でうまく誤魔化せただろうか?
欠片も参考にならなかったとやんわりでも伝わってくれただろうか?
(にい様、文献、もっかい、読んで)
(何か見つけたのか? てかまだ思考リンクさせてたのな)
(あっしらが声出すと混乱しそうでしたっすからねぇ。ダメでしたかい?)
(別に構いやしねぇさ。――ちょっと待ってろ)
メルヴィからのお願いに応え、もう一度、あの神への賛美しか書かれてない自己都合解釈の記録に目を通す。
異教徒からの妨害により、衰弱の霧が発生。
我ら迷える子羊が神へと祈りを捧げ続けていると、我らの声を慈悲深く聞き届け給うた偉大なる神は。
その御身から奇跡とも呼べる御業を発現し、空を割り、霧を晴らして下さった。
全部神様のおかげと書いてあるとしか俺は思えないんだが……。
(メルヴィ。どこが気になった?)
(空を、割った。……どういう、事?)
(それっぽく見えただけじゃ無いんですかい? そもそもその通りの事が起こった保障なんて無いんですし)
(それ違ーぞ?)
(違う、とは?)
(神の御業とか奇跡とかって普通は詳しく書くんだよ。じゃねーと実感わかねーだろ? 信仰してる神様がどんな事したか、どんな奇跡だったかって)
(てことは空を割ったっていう記録は正しい。っつーことか?)
(十中八九間違いねーよ。もちろん神なんて信じてないから、空を割ったっつーよりは空が割れたって表現するような現象が起きた結果霧が晴れたって事だろうけどな)
なるほど。前回解決した時の状況が分かったな。
……けど、空が割れるような現象ってなんだ? そもそも空って割れる筈ねぇよな?
なんて真剣に考えていた時である。
――そう言えば、このシスターは霧の影響とか受けて無いのか?
「そう言えばあんた、体の具合は大丈夫なのか?」
「? お体の具合……ですか?」
何故体の心配をされたのか分からない。と首を傾げるシスターにこの霧の影響について、先ほど知った症状を伝える。
「あの霧を吸い込んでるとまず頭痛が起きて……」
そういや俺、ずっと頭痛だったな……。
「頭痛……、そう言えば神父様も頭痛を訴えて医療所に向かわれました!」
「じゃあこの霧に中てられたな。んで、手足の痺れ。その後に体の内側からの激痛。だそうだ」
熱心に症状を書き留めているシスターをよそに、気が付けば収まっていた頭痛について考える。
ようやく薬草湯が効いたのか。長かった……。
「それは……、どうすれば治るのでしょうか?」
「霧から遠ざけて新鮮な空気を吸わせてやればいいらしい。ま、今じゃ無理だろうが」
ん? ……待てよ? そもそも何でこの街から患者を移動させないんだ?
街を覆う霧っつったってここから離れりゃいいだけじゃねぇのか? 流石に国全域が霧に覆われてるわけじゃねぇだろ?
「あのじーさんもそこまで考えが至って無い訳ねぇよな。……つまり何かあるんだ。街から出られない理由が」
「? 何の話ですか?」
「いや、患者をこの街から出して新鮮な空気を吸わせればいいんじゃないかって考えたんだが……。そんなの真っ先にやっとかないとダメな事だろ? ましてや過去に似たような事が起こってて、治し方が分かってるなら尚更な」
確かに。と相槌を打つシスターは、どうやら俺と同じ思考に至ってくれたようで。
「この霧を発生させた者がこの街から外に出る事を阻んでいる……という事でしょうか」
「そう考えるのが一番自然じゃねーかな」
そのままさらに続けようとした時に、
(旦那、ちょーっといいですかい?)
とトゥオンから妨害が入った。
(何だ?)
(この子は巻き込まないのでは無かったのですかい? もうどっぷり肩まで浸かっちゃってますぜ?)
――あ、本当だ。……これ、マズくね?
下手すりゃこの子殺されちゃうじゃん。ヤバイヤバイ、退散しよう。
「ここまで言っといてなんだが今の事は忘れな。じゃないとあんたまで何者かに襲われちゃうぜ?」
「えっ!? で、でも……」
「いいか? ここには誰も来てないし、あんたはこの霧について一切知らない。いつも通り神に祈りをささげていた。いいな?」
「あの……」
「いいな!?」
思わず大声を出してしまったが、その甲斐あってゆっくりと頷いてくれた。思い切り腑に落ちない顔をしてたが。
「んじゃ、また上行かせてもらうぞ」
そう言って踵を返した時に、俺は前のめりに盛大にこけた。