吹っ切れましたとさ
風に乗り、風を裂きながらトゥオンを構えて突撃した俺は……ヴァーユに直撃する寸前の歪んだ表情を目撃し思わずたじろぐが。
勢いは、風の流れは。急に立ち止まってはくれず、そのままヴァーユへとトゥオンの先端をねじ込んでいく。
皮を貫き、肉の繊維が巻き付いて切れ、骨に当たる感触がトゥオンから伝わってくる。
――が、ここで嘘のようにそれまでの手ごたえが消え、抵抗が消えたことで体勢が崩れてしまう。
「けふっ。効いた……。今のは効いたね」
逆流する血を口の端に垂らしながら、歪んだ笑みを浮かべるヴァーユは、果たして何を思うのか。
シズによる補正を受けながら一度風へと完全に体を溶け込ませ、整った大勢で体を生成。
シズの『降魔』って、移動とか補助とかの面で滅茶苦茶優秀だな。
一般的には不可視だし、こうして風に一度なってしまえば瞬時に耐性も整えられる。
常時発動してたいくらいだ。
「ていうか、良かったの?」
「ん? 何が?」
横腹に空いた穴を撫でながら、俺に問いかけてくるヴァーユは。
「この体、あんたのお友達のじゃないの?」
と。意地悪に、楽しそうに尋ねてくる。
――が、
「だから?」
それに対する俺の解答は一つ。何か問題でも?
「いや、情とか情けとか――」
「あって戦闘で有利になるか? そんなの、敵として相対した時点で捨てるもんだろ」
多分だが、ヴァーユは大きな勘違いをしている。
セレナやハウラより、人間というものに詳しいのだろう。
そりゃあ呪文詠唱という呼びかけを用いられて関わっているのだから興味も出てくるはずだ。
その中で、感情というものを観察していたのかもしれない。
だから……驚いた。
何の躊躇いもなく、元パーティメンバーであったアイナの体を貫いたことに。
「……私が言うのもなんだけど、この子、私が体に入り込んで動かしてるだけで、意識とかはあるんだよ?」
なおも俺の行動が理解できないと、今のアイナの状況を詳しく教えてくれる……が、だ。
「俺も、そいつも、なんだったら他で戦ってるあいつらも、『冒険者』っつってな。いつ死んでもいい覚悟を決めて、冒険する大馬鹿者達なんだわ。敵に乗っ取られた? だったら乗っ取られたやつ殺さないと全滅するぜ? 情や情けで躊躇えば、もっと被害はデカくなる。仲間のポカは仲間が尻拭いしなきゃなんねぇんだよ」
それは、冒険者になる一番最初に叩き込まれる心構え。
周囲に被害をもたらすならば、パーティメンバーの介錯はパーティメンバーがやる。
俺の知り合いのとあるパーティは、致死率の高い感染症を患った。
そのパーティは、自分たちがその感染症の媒体にならないようにと、人の住んでいない場所へと入り――自らを、火の魔法によって滅却した。
正直な話、なんでアイナ達の中にヴァーユが入っているかは分からない。
しかし、この状況で……四大が中に入れる媒体となったアイナ達が居るという状況で、国が動かない保証がどこにある。
大規模な風魔法が何発も放たれ、遠目にでもここらの様子は確認できるだろう。
そんな力を持った俺らを、国が放っておく確証がどこにある。
「ぶっちゃけた話な。俺は復活せずに死んどくべきだったと思うんだよ」
「へぇ……なんで?」
「強いんだよ。どうしようもなく。無茶さえすれば手加減した四大とやりあえるほどに。二天の眷属と渡り合えるほどに。そんなふざけた人間が、今まで存在したか?」
自分で動けず、セレナが、ハウラが、スカーレットが、藤紅が。
俺を救うために動いてくれていたその中で、俺はずっと考えていた。
今後の俺の動きを。
あのキックスターの事だ。俺の利用方法なんて、それこそ幾らでも湧いてくるだろう。
他国に派遣して厄介ごとを握りつぶしたり、暗殺にだって使えるだろうさ。
それらを遂行するために、俺の精神をぶっ壊したりしてな。
そうなれば、ハルデ国が覇権を握るのも容易い。他の国に、少なくとも四大くらいの強さを持つ人間がいないのだから。
「過剰戦力も甚だしい。だから、消えるべきだって思ってた」
「でもあなたは助かっちゃったじゃん? それで? どうする気?」
「とりあえずはな、巻き込まれたであろうアイナ達を解放する。んで、そっから考える」
「考えるって……」
俺が復活するにあたって、俺がすることが増えちまったんだよ。まずは、それを終わらせる。
目の前のアイナ達の事だ。
俺自身が巻き込まれるのは分かる。当事者だからな。セレナやハウラ達も、まぁ分かる。
あいつらは関わったからな。……けど、アイナ達は接点がない筈なんだ。
今回の、俺を復活させるって出来事に、関係ない筈なんだよ。
なのに、巻き込まれて、こうして俺と相対した。
……だから、解放する。
「もう、さ」
「?」
「お前ら四大を満足させるってのは……なしにしよう」
「何の話?」
「こっちの話。んで、こっからは、てめぇを滅ぼすために戦う」
気が付いてしまった……いや、踏み込まれてしまった。
なるだけ遠ざけようとした、巻き込まないようにと突き放したアイナ達を結局巻き込まれて。
しかも、下手すれば国に飼われる可能性すらある状態になってきて。
……あんなところに飼われるぐらいなら、今俺が解放してやるさ。
知っているが故に。そして、そこで飼われていたせいで。
そのような思考しか出来ない俺は、今度こそ本気でヴァーユを討つと覚悟を決める。
「トゥオン!!」
「あいさ!!」
「重なれぇっ!!!」
「合点承知!!」
初めて行う三重の『降魔』。どんな負荷かも、負担かも、効果かも、能力かも分からねぇ死ぬを越えるかもしれない大博打。
それを躊躇いなく打てるくらいには、俺は――狂っていた。




