戦闘開始ですとさ
動かしていなかった分を解すために入念なストレッチを行い。
下手すりゃ最後の晩餐になり得るが、名残惜しくも腹八分。
一度トゥオン達を預けて風呂を堪能させてもらい、満月が照らす広場へと足を運ぶ。
頬を撫でる夜風が気持ちがいい。
(ご主人様……では、打ち合わせ通りに)
ヴァーユとの待ち合わせ場所の広場に、しかしそこにはヴァーユは立っておらず。
最初からアイナ達五人は空を浮いていて。
その五人が、ただただ空を見上げていた。
そんな五人の前に向かい合う前に、シズから声をかけられた。
ストレッチ中に聞いた、ヴァーユの能力。
それは、およそ普段の俺では対処が出来そうにないとのこと。
そんなヴァーユに対応するために、シズは一つの決心を固めてくれた。
(おう。任せるぜ、シズ)
槍を構え、縦を握り。
セレナ、ハウラ、スカーレット、そして藤紅へと目配せし、それぞれが頷いたのを確認してヴァーユへと喋りかける。
「待たせたか?」
「……? ううん。私らは悠久を漂う存在だから、時間の概念は考えなくていいよ。よく来たね」
「逃げるとでも思ってたか?」
「まぁ、ぶっちゃけ。そうなったら問答無用で縊り殺してた」
「流石にさ、逃げていい場面とそうじゃない場面くらいは区別がつくさ」
俺らが現れたのが意外とでも言うように、目を少しだけ見開いたヴァーユは、これまた少しだけ嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「少しだけ……ほんの少しだけね?」
「うん?」
「『火のバカ』や『土のバカ』の気持ちが分かったかもね」
テヘリと舌を出し、笑顔を見せたヴァーユだったが、すぐにその表情は流れていく。
「じゃあ、そっちから仕掛けて来なよ。それを合図にするから」
そう言って俺の前にはアイナが。セレナにはアトリア、ハウラにはエルドール、スカーレットにはグリフ、藤紅にはラグルフがあてがわれ。
光のない双眸がしっかりとこちらを見据えてくる。
……一度だけ深呼吸。最後かもしれない落ち着いた呼吸を堪能し――叫ぶ。
「シズ!!」
と同時にその場でジャンプ。
なるだけ高く飛ぼうと膝まで曲げた跳躍を合図に――アイナに入ったヴァーユの姿が消える。
けど、それは想定内なんだよ! だから、こうしてシズに叫ぶんだ。
「――シズ・オキュペテ、汝の内に宿りて、我の力を授けます!!」
それは、シズの覚悟。
本来は主従関係にあった主に抵抗するという、強い意志。
「『降魔 風射鳥』!!」
シズの宣言と同時に、もはや親しみすらある内からの圧迫感と沸騰感。
それも数秒で収まれば――視界が、変化した。
姿が掻き消えた筈のヴァーユの姿を捉え、その手が俺の首元まで迫っているのを確認し、上体を逸らして回避する。
「ありゃ。いけたと思ったのに」
「流石に初動で死にましたじゃ格好はつかんでしょうよ」
風に溶け込んで移動しながら話すヴァーユをしっかりと追いかけながら。
期待外れにはなるまいと力を込める。
「そっか、そっちにはオキュペテが居たんだった。じゃあそれが手伝ってるんだね」
「……はい。ヴァーユ様、私はご主人様と……全力の抵抗をさせていただきます」
「いいじゃんいいじゃん! そう来なくっちゃ。さぁ! もっと見せて! 人間がどの程度やれるのか、頑張れるのかを!」
そう言ってヴァーユは俺を指差して。
その指から、強烈な竜巻を発生させる。
予備動作は無く。ただ指を差しただけで発生した竜巻は、周囲の草木を騒がしくし、建物を軋ませる。
――が、
「お任せを!」
そんな竜巻へ、俺の体の操作を請け負ったシズが振りかぶったびんたを一発。
それだけで、竜巻は跡形もなく消え去る……が。
「いっただき~!」
風そのもの故に、神出鬼没であらゆる法則を無視するヴァーユは、俺の真下に出現し、そのまま首を狙って腕を伸ばし――。
「――っ!?」
突如として現れた氷塊に驚き、一旦下がる。
凍らせた、ではなく、温度を奪った事による氷塊の発生。
それは、周囲の空気を巻き込んで行われる一連の事象。
――だとするならば、
「少しくらいは捕らえられましたかい!?」
「いえ、すんでの所で逃げられてたみたいです」
風になったヴァーユを氷に閉じ込められないかと思ったが、慌てて引いたところを見ると出来そうだな。
そうなると初撃を外したのは痛い。これからは警戒されちまうだろうからな。
「あんたたち、何のつもり?」
見るからに不機嫌。口調からも、表情からも窺える感情に、けれど真正面からそれを受け止める。
「何のつもりもなにも、言ったろ? 全力の抵抗だ。……けど、抵抗ってのはやり過ぎると相手を死なせちまう。――加減はしねぇぞ? 人間なんかにやられたくなけりゃ、そっちも全力で遊びやがれ!」
確かに四大は圧倒的だ。イフリート、ユグドラシルの力を見たから分かる。
けど、イフリートの時だって最初はある程度の勝負が出来てた。もちろん、あの時はセレナもハウラもスカーレットも一緒に戦っていたけどな。
ユグドラシルは直接戦っていないし、その力を見せた時には最初からお怒りモードだったから除外するとして……。
四大は……というか精霊は、強すぎる力を持つあまり、格下だと油断する癖というか、風潮があるんじゃなかろうか。
正直、遠距離から延々台風みたいなのを引き起こされ続けたら勝てっこない。
けど、ヴァーユはそれをしない。
あくまで接近戦で、俺の首を狙ってくる。
それは、ヴァーユの中でそう決めたルールだからなんじゃないか?
人間と遊ぶために必要な、自らの枷なんじゃないか?
だからこそ、煽る。
満足させるために。納得させるために。
もっと縛りを緩めてみろと。それを、乗り越えてやると、宣言する。
「くふ。……いいじゃん。面白いじゃん。じゃあ、簡単にはくたばらないでね?」
一瞬だけ邪悪に笑ったヴァーユは、そう言うと何もない空中を指先で三回ほどノックして。
風で出来たアイナの分身を……みっつほど作り出した。