戻ってきましたとさ
唐突に引っ張られる感覚。
もっと言うならば、へその裏側を掴んで引き寄せられるような、そんな感覚。
(旦那、抗っちゃダメですぜ? それに抗うと、正真正銘、体と精神とが分離してしまいまさぁ)
俺がその場に――メルヴィの中に居ようと抵抗したことを把握したのか、トゥオンからそんな言葉が投げかけられて。
ならばと抵抗をやめ、俺を引っ張る力に身を任せていると……。
途端に戻って来る感覚。
背中に感じる大地の感触。肌を撫でる風、気温。
そして何より、何の装備も身に着けていない軽い体。
全ての久しい感覚に上体を起こし、浸っていると……。
カシャン、と。
軽い音を立て、俺の元へと戻ってきた呪われた装備たち。
……せめて、せめてもう少しだけ、感傷に浸らせて欲しかったんだがなぁ。
「ふぅ、窮屈じゃった。返すぞ、ケイスよ」
「まぁ、うん。元々俺のだし、いいんだけどさ。……せっかく戻ってきたんだから、もうちょっとこう、なんて言うか……噛み締めさせてくれよ」
肉体に戻れたのを呪いの装備の感触で強制的に、瞬間的に認識させられる身にもなってくれ。
泣けてくるだろ?
「無事に済んだようだな。結構結構」
「じゃあ、早速手合わせ手合わせ! ほらほら、早く準備して~。早く早く~」
しかも四大達はこんな調子だしさ?
ていうかヴァーユだっけ? 本当に戦わなきゃなんねぇの?
「正直、勝てると思えないんだけどな?」
「勝てるわけないじゃん。人間如きが四大を倒すとか、もはやギャグっしょ」
「じゃあ何で――」
「だ~か~ら~、『火のバカ』満足させられて『土のバカ』が目をかける奴がどの程度か知りたいんだって。ついでにその取り巻きもね」
「ついでと言われた取り巻きとは妾達のことかや?」
アイナの中に入っているヴァーユはキョトンとしながら。
出来ないくせに何を言っているのかと返し。
その返しの中にあった言葉が気に障る、とセレナが噛みつく。
「そうだけど? あー……一応『お光さん』の眷属なんだっけ。ぶっちゃけ関係ないけど」
「では手合わせには妾も参加して構わぬな?」
「どーぞどーぞ。ていうか、最初から全員を相手にするつもりだったんだよね。だからこうして頭数を揃えてきたわけで」
先ほどから喋っているアイナを筆頭に、アトリア、エルドール、グリフ……そしてラグルフが一目で操られていると分かる見た目をしてはいる。
ただ、なんでそんなことをする必要があるのか疑問だったが、そうか。俺ら全員と戦いたかったわけだ。
「? んでも五人だったら数合わなくないか? 俺、セレナ、ハウラ、スカーレットでこっちは四人だぞ?」
「ケイス、メリアを忘れておる。今はユグドラシルが入っているとはいえ、こやつも十分にこっち側の戦力じゃ」
「え? いや、その子とは戦うつもりないよ? ていうか、下手すりゃ『土のバカ』が出てくるようなのをわざわざ相手にしないって」
「じゃあ誰を?」
「いるじゃん、そこに」
最後の面子が誰なのか、ヴァーユが指差したのは……。
「わ、わっちどすか?」
「そ! 『お闇さん』からは戦っていいって許可貰ってるから、安心してね」
「全く安心できひんのやけど……」
まぁ、藤紅だった。
光の眷属であるセレナがそうだったし、もしかしたらとは思っていたが、案の定藤紅も対象になってたわけだ。
「というわけで一対一の手合わせをするよん。こっちは負けないだろうから、私が満足する戦いをしてくれたら大人しく下がるけど、満足する前に死んでも知らないから全力で来なよ」
「最初からそのつもりだよ。……つーかユグドラシル然り、イフリート然り、四大の強さは嫌って程知ってるんだから手を抜くなんてあり得ねぇ」
「じゃあ良かった。それじゃ早速――」
「だがちょっとだけ待ってくれないか?」
一方的に勝負の理不尽極まる内容を突きつけてきたヴァーユだが、それに俺は待ったをかける。
それは当然な要求で、静かなわがままだったのだが、
「? 何か文句でもあるの?」
「いや、文句って言うか、俺は今さっき起きたばっかりだろ? ……腹が減ってるんだよ」
ここに現れてすぐに食事を要求したヴァーユにしてみれば断りづらい内容で。
「ついでに、風呂入って体動かすウォームアップもしたい。いきなり四大と勝負なんて、初動でやられちまいそうだからな」
ついでに色々と要求を追加させてもらい、何とか夜まで時間を引き延ばそうと試みる。
「ま、それぐらいならいいか。下手すりゃ死ぬわけだし。今しがた肉体に戻ってきてすぐに死にました、じゃあ未練たらたらだろうし」
どうやら同情に近い感情で許可されそうだ。
スカーレットは早速近くにいた従業員に食事の準備をするように申し付けてくれている。
……そんなに急がなくても大丈夫だぞ? もっとゆっくりでいい。
何故なら俺の要求の半分は夜まで時間を稼ぐことなのだから。
……今宵は――満月である。