四体目なのじゃ
食事と温泉とを堪能……したかったのじゃがなぁ。
食事はともかく、装備を脱げないせいで温泉を堪能できぬ。
ケイスめ。こればっかりはお主を恨むぞ?
まぁ、温泉には入れずとも英気を養うには十分の食事を提供して貰えた事じゃし、各々体を休ませた。
そうそう、藤紅の奴なぞ出された料理がうますぎたのかしばらく打ち震えておったの。
「うち、ちょくちょくここに忍び込もかいな」
等と小声で言っておったが、よもや本気ではあるまいな?
流石に冗談よの?
さて、空振りに終わったキックスターへの尋問もとい相談じゃったが、そのキックスターからの『待機』という言葉を忠実に守ってはおるが……。
こうしている間にもケイスの肉体が尽きぬかは心配じゃ。
だからこそ早く……と考えるが、出来ることは今のところはない。
悔しいが体を休めてゆっくりする以外には、の。
そうしてティニンに戻ってきて三日が経った頃じゃ。
じっとしてばかりもいられぬと、母上やスカーレットと集まって軽く体を動かしていた時。
「? 何か妙な感じ?」
違和感が、妾達三人を包んだのじゃ。
「ざわつく……。いや、落ち着かぬな」
「何かの範囲に入ってしまったような、見られ続ける感覚がするのじゃ」
三人がそれぞれ感じた違和感は、そのまま嫌な予感となるもので。
妾の嫌な予感など、それはもう九分九厘当たってしまう自信がある。
三人が寄り、背中を合わせて周囲を警戒。
それぞれの武器を握り、いつでも――と構えておると。
「上っ!?」
突如として爆発的な気配が発生。
その中心は妾らの頭上。
咄嗟に三人ともが距離を取り、先ほどまで立っていた頭上に視線をやれば。
風が……集まっておった。
普段は目にせぬ『風』というものが。
まるでそれが自然とでも言うように、濃く、緑色の表面を主張しながら一点を目指す。
その点へと到達した風は、そこで螺旋を描き。
描かれた螺旋は、集まる風の量に応じて段々とその大きさを広げていく。
「来はったみたいやね」
そんな気配に呼ばれたか、藤紅が虚空より現れ出でる……が、正直お主には構ってられんのじゃ。
今現在、妾らの目の前で起きている現象をキックスターが予測していたとして。
それは人間の身で、四大の行動を予測するというどう考えても理解できようはずがない事で。
「わざわざこっちから出向いたんだし、歓迎位はされるのよね?」
どう知り得たか、どう予測したのかよりも、何故この場に来ると考えたのかを問い詰めたくなるような、常識外の思考。
「私の『核』が必要なんでしょ? だったら、まずはお茶の一杯でも振舞ってもらおうかしら?」
一方的に要求を突きつける彼女は――ケイスの以前居たパーティの面子の一人。
アイナと自己紹介していたその存在。
後ろに他のメンバーを携えて、空中に仁王立ちしている彼女は……。
「お腹もすいてるしご飯もちょうだい。ああもう! 人間の体ってなんて不自由なのかしら!」
何故だか非常に不機嫌じゃった。
*
「ふぅー。満足満足」
たっぷり十人前は平らげた推定ヴァーユは、お腹を擦りながらお茶を一口。
ここで口に合わぬと暴れられぬかとひやひやしておったが、どうやら杞憂に終わりそうじゃ。
「さて、食べるもん食べたし。あ、私『ヴァーユ』だから。流石に分かっていると思うけど」
今度は歯の間に詰まった何かを爪で取り除きながら、遅すぎる自己紹介。
いや、流石に感づいておるぞ?
というか、可視化出来る風を集めて現れるなぞ、そう易々と誰にでも出来ても困るでの。
「ほいで? なんであんさんがここにわざわざ出向きはったん?」
「火のバカから呼び出されたの。最初は乗り気じゃなかったんだけど、あのバカが珍しく私に頼んでくるじゃない? これは何かあるなと思って一目見ようとしたわけよ」
食事をとって満足したからか、饒舌に語り始めるヴァーユ。
「そしたら渦中の中心は今は動いてないって言うし、そのためには私の核が要るって話じゃん? だったら、渡しちゃおうかなって」
「何じゃと!? くれるのかや!!?」
ヴァーユの性格についてはまるで知らんが、今のところはたいそうな気分屋のように思える。
ユグドラシルやわだつみが出し渋る核を、あっさり渡してもいいという事からそう思っただけじゃが。
「まー別に悪用するわけでも無いんでしょ? それにさ、見たくない? 四大の内三体の核を摂取した人間がどうなるかって」
「あ、それには賛成や。えろう気になるなぁ。……ケイス、どうなってまうんやろ」
「その興味のみで我らに手を貸す、と?」
「あ、勘違いしてるけど私は別にあんたらなんてどうでもいいからね? 『火のバカ』が気にかけた人間がどこまでやれるか。私の興味はそれ一点。私の眼鏡に叶わなかったら核引き抜いて帰るから」
一瞬。ほんの一瞬だけ、ヴァーユの瞳が深い緑へと変貌した……気がするのじゃ。
その瞬間の爆発的な気配と、殺意と、敵意。
警戒していたはずなのに、射殺されるような気配に思わず身がすくんでしもうた。
いかんいかん。いざという時は妾らが力尽くで説得をせねばならんというのに。
「というわけではい。これが私の核ね」
ゴトリと音を立ててテーブルに落とされたそれは、深緑渦巻く拳ほどの大きさの水晶。
あまりの突然に固まる妾らを動かしたのは……。
「相も変わらずだな、『風の字』よ」
またしてもメリアの姿を借り、こちらの世界に干渉した……ユグドラシルじゃった。