戻ってきたのじゃ
「えっ? キックスター帰っちゃったの!?」
「そうなのよ。十分保養出来たとかで、先日エポーヌへと帰ったのよ」
ティニンに戻り、キックスターを探したが見つからず。
ノワールへと尋ねてみれば、もうすでにエポーヌへと帰ってしまったとのこと。
むぅ……やや面倒なことになったのじゃ。
ここに居ればただの客であるから容易に接触できたであろうに、国に戻ってしまっては奴は丞相。
冒険者が安易に会えるような身分ではない。
これではヴァーユについて問いただせぬ……。
「けど、あ奴から伝言は預かっておるのよ」
「伝言?」
「あ奴から、「どうせ私を訪ねてきますから、その時に伝えてください」と預けられた伝言なのよ」
「どこまでもお見通しというわけか」
「ていうか、あるんなら最初から言ってくれよ……」
しかし、どうやら妾たちが来るのは予想済みであり、その時の為にノワールへと伝言を伝えていたらしく。
……本当に、ケイスの言う通り伝言を預かっているのならば最初から教えてくれればいいのにの。
ノワールも意地が悪いというか……。
「それで? キックスターは何と?」
「……『待機』」
「は?」
「だから、『待機』なのよ」
「それがあいつの伝言?」
「うむ。これ以外は何も預かっておらぬのよ」
「待機して何になるっていうのよ……」
何と言うかこう……弄ばれとる感じが凄いのじゃ。
キックスターの掌の上というか、描いた図の上というか。
いいように転がされておる感じじゃが……。
「待機と言われたなら待機しとこうかの」
「ありゃ、以外に素直」
言われたとおりにすると言えば、何故か意外そうな顔をするスカーレット。
何じゃ? そんなに妾がキックスターの言う事を聞くのが不思議か?
「キックスターが『待機』と言ったのじゃ。それに従ってケイスが死ぬようなことになれば、妾が国を亡ぼす」
「怖っ!?」
「セレナよ。手伝うぞ」
丞相なのだから自分の発言には責任を持つべきで、その責任の取り方は妾たちが決める。
これでケイスを死なせてみよ。本気で国を襲うからの。
「出来りゃあ辞めて欲しいんだけどな、それ」
「何故じゃ? 腹が立たんのか?」
という妾の決意は、何故か当事者のケイスから制されて。
「そりゃあ腹は立つ。他人事と思いやがってってな」
「ならば――」
「けど、その事と国を巻き込むことは違う。やるならキックスター一人をやってくれ」
制された……ちと違うな。対象を絞れと諫められた、かの。
「分かった。もしケイスが死んだらキックスターを滅そう」
「まずは精神から壊すか。人間ならそちらは防御出来ぬしな」
「待て、セレナ。精神を壊しては恐怖をさせられぬ。まずは絶望と恐怖で精神を弱めてから、壊せ」
「なるほど。となればどうするか……。生きたまま飲むか?」
「物騒過ぎる相談やめて。……待機中に何するか相談しない?」
妾と母上でワクワクキックスターお仕置き談義をしておると、スカーレットからクレームが入る。
人間には刺激の強い話じゃったか。
「あとついでに気になるのだが……その狐は敵ではなかったのよ?」
と、説明していなかった藤紅を指差して首を傾げるノワール。
「大丈夫じゃ。今は上司の使いっ走りで妾たちの味方じゃ」
「説明酷すぎひん!? ……けどその通りでなんも言えんの腹立つなぁ……」
「ならいいのよ。……ちなみに食事の準備は出来てるのよ。食べるなら好きにするのよ」
食事……そうじゃの。妾は食事にするかの。
言うほど満足に食べられておらぬし、何よりここの食事は美味い。
待機という指示が出たのなら、その待機中に思いっきり満喫してやるのじゃ。
*
「みんな、無事!?」
「こっちは何とか~」
「掠った……だけ」
「生きてる」
一瞬の出来事に全ては把握できないが、どうやら物凄い衝撃――いや、風か。
突風を越えるような、小規模の暴風。
それによって私たちは周囲の木へと叩きつけられた。
即座に立ち上がって次の攻撃に備えるが、目の前の存在は特に行動をしてこない。
どころか、
「分からん」
と、顎に手を当てて何かを考えているような仕草。
――と。
シャン
鈴の音が辺りに響く。
それは、アトリアが短剣を振るったという事実。
真空刃で目の前の存在を攻撃したという事実。
……なのに、
「無駄。それ元はあたしの力なの。マイパワー。分かる?」
防ぐでも、弾くでも、受けるでもなく。
ただ素通りした真空刃には目もくれず、私たちへと問いかけるその存在。
後ろで真空刃が当たった木が切断され、倒れてもお構いなし。
「久々に呼び出されたと思ったら、何こいつら。こいつらに務まると思わないんだけど」
ぶつぶつと独り言を言っているが、その真意は読み取れない。
やっぱり、私たちじゃあケイスの力にはなれないって事なのかな……。
「アイナ!!」
「!? ……へ?」
アトリアから呼ばれ、何事かとそちらを見る前に。
私たちの目の前にいた存在が、その場にいない事に気が付いて。
頭の中をかけた、『不測の事態の時はとにかく逃げろ』という誰かの教えに従って大きく後ろへ飛んだ時。
何かに……ぶつかった。
「まぁ、試すだけ試すけど? 壊れても知らないからね?」
それが、私が覚えている最後の言葉。
その言葉を聞いた瞬間。体の内側を掻きむしられるような感覚が走り、同時に、圧迫されたような苦しさが込み上げてきて。
初めて感じる不快感。と同時に、割れるような頭の痛み。
声すら上げられず、苦しんだ私は……。
前のめりに倒れるように、気を失った。