遠慮はせぬのじゃ
しかしあれじゃの。
港町だけあって、ヒュルドは中々に品揃えが良いの。
「なぁ」
さて、スカーレット用のポーションはある程度集まったかや?
本来ならばこうして薬などに頼らず自然回復を待つのがいいのじゃろうが、生憎とそうも言ってられん。
やや荒療治じゃが我慢せよ。
「なぁって」
「セレナ、あっちで魚の串焼きを売っておる」
「食べますか?」
「無論。我等も回復に努めねばならんからな」
「ほんまあんたらいい加減にせぇよ!!」
妾と母上が遠くに見えた串焼きへ向かおうとすると、妾たちの後ろを歩いていた藤紅が大きな声を上げる。
往来の真ん中で叫ぶでない。周りの人間が何事かと見とるじゃろうが。
「何じゃ、どうかしたのかや?」
「両手一杯のポーション持たせて代金全部うちに押し付けてどうもしてないと思う方がおかしないか?」
「そうか?」
「普段敵の奴が財布は任せろと言うたのじゃろう? 絞られて当然では?」
「あんたらええ性格してんのぉ」
叫んだ理由は何かと思えば、単なる自分の失言が原因の事ではないか。
眷属が主の命令で~などと言ってしまえばそれは逆らえぬこと。
妾らを助けよと言われておるなら、金を持たぬ妾たちの代わりに金を払う。
――うむ。立派な妾たちを助ける行為よ。
「何じゃ? お主も食いたいのか? 串焼きの魚」
「二本買っといておくんなし。……いや、ちゃうくて。そういうわけじゃあらへんのよ」
「じゃあ何じゃ?」
「あぁ……もうええわ。何か食べ物買うならあと二品までな。残りは宿屋で食いいや」
「吝嗇」
「ひどい言われようやな……」
まだたか――助けてもらおうとしておったが、流石に制限をくわえられてしもうた。
仕方ない。食べ歩きは切り替えるかの。
「とりあえず串焼きは買うとして、あとを何にするか……」
「母上、妾は甘いものを食べたくなったのじゃ」
「甘味か。よいな」
「本来の目的忘れてへんよな?」
げんなりする藤紅を連れまわし、日が傾くころには妾たちは宿屋へと戻ったのじゃ。
*
「てことは認められたんだ」
「うむ。どうやらそうらしい」
宿屋に戻ってスカーレットを介抱していると、あっさりと目を覚ましたのじゃ。
あまりの早さに驚いたが、そう言えばティニンで訓練中も復帰は驚くほど早かったの。
……ケイスが遅いだけというわけではあるまいな?
(俺も一応年食ってるからな? 若いスカーレットと比較するな?)
(にい様の、場合、生命力の、使い方、激しい)
(景気よく垂れ流してますからねぇ)
(その内死ぬぜ? ……今まさに死にかけてるんだったな! HAHAHA)
(絶対笑い事じゃねぇだろ……)
目を覚ましたスカーレットに何がいるかと尋ねれば、果実を絞ったジュースが欲しいという事で藤紅に買いに行かせておる。
味方に居ると便利じゃのー、あやつ。
「私が念じれば産み出せるんだっけ?」
「わだつみはそう言っておった」
「ふーん……じゃあ――」
妾が伝えたわだつみの言っておったことを飲み込み、実践しようとするが、
「待つのじゃ!」
「へ?」
当然止める。
「どしたの?」
「ここで核を出してはならぬ」
「なんで?」
「核の形状を知っておるのかや?」
「いや、知らないけど」
止めた理由は複数あるが、一番はこれじゃな。
「精霊の核の形なぞ、千差万別。……ドリアードは植物の種じゃったな。そこでわだつみの核となれば、形も大きさも何一つ分からぬ」
「つまり?」
「ここで出したら最悪ここが潰れる。……いや、潰れる位なら良い方で、海そのものとかであれば妾たちも危ないのじゃ」
「え、こわ」
そもそも精霊の形など固定化されてないわけで、各々が勝手に象っているに過ぎぬ。
ましてや読めぬわだつみの事。海、渦潮、雷雲、台風。何であっても驚かぬ。
核を出すのは三つ集まり、いよいよエリクシールを作成する段階になってからじゃな。
「はぁ、はぁ。買ってきたで」
と、息を切らせた藤紅と、藤紅が逃げぬようにと監視という名目でついて行った母上が戻ってきて。
藤紅の手には黄色とオレンジの中間の様な、とろみのついた液体入りのジョッキが。
――そして母上の手には、白いもこもこの雲のような見た目の物が。
母上? 目的は監視だったはずでは? 何故に買い食いを行っておるので?
「あ、ありがと」
ちゃんとお礼を言ってジョッキを受け取り、飲み始めるスカーレット。
それはそうと母上が視線を合わせてくれぬ。母上? 何かやましい事が?
「……セレナよ」
「どうされたのじゃ?」
「その……一口いるか?」
「ありがたく頂戴するのじゃ」
絞りだすような声で妾に問いかけ、おずおずと差し出した雲のような食べ物を大口で一口。
口当たりは軽く、そして柔らかく。
口に含んだ瞬間に、涼しさを感じさせながら溶けたそれは、どうやら砂糖菓子の様じゃ。
一瞬で甘さが口の中に広がり、思わず頬が緩む。
「……藤紅」
「? 何や?」
「妾にもこれを買ってくるのじゃ」
「ほんまええ加減にせえよ?」
「あ、私も食べたーい」
「あんたらなぁ!」
妾だけでは無理だったじゃろうが、スカーレットの後押しがあり、藤紅を使う事に成功。
ふふ、普段敵の存在を使うというのは存外気分がいいのじゃ。
「あ、我のも追加で」
部屋を出る時にちゃっかりお代わりを頼む母上の顔は、ほんの少しだけ朱に染まっておったのじゃ。