現れたのじゃ
「しつこいっすねぇ、クラゲの癖に」
「癖にとか言うたら可哀そうやよ? 一応序列二位やし」
「というか当たり前に打ち破ったあやつも大概よの」
がむしゃらに動き始めたカリュブディスを見ながら、トゥオン、藤紅、妾と思い思いの感想を述べ……。
「ただ、『氷獄』が一度限りって言った覚えはないっすけど、その辺りはどうお考えで?」
ただ、純粋に。
疑問として発せられたトゥオンの言葉に、カリュブディスは何も言えぬ。
即座に、再度全身を氷漬けにされたからじゃ。
「は?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう藤紅じゃったが、
「いや、さっき言ったじゃないっすか。凍結した空間はあっしの領域。凍らすも解除するも全部あっし次第。って。空間の掌握さえ手放さなきゃ、何度だって可能ですぜ?」
というトゥオンの言葉には閉口するしかない。
「たまに思うのだが、お主らケイス以外に装備されてた方が強くないか?」
「否定はしないっすよ? けど、あっしら五つも装備してなお平常保つような『器』がそうそういるとは思わないっすけどね」
母上の至極当然な疑問は、トゥオンによって肯定され、否定される。
「旦那がおかしいんすよ。人間なのに、呪いの装備を五つも抱え込めるなんて。ぶっちゃけ規格外っす」
「今妾も五つ抱え込んでおるが?」
「セレナ様の今の現状は肩代わり程度っすね。旦那の何割かを抱えてるくらいっす」
「仮に全部抱き込んだらどうなる言うんや?」
「ん~……多分メルヴィかシエラ辺りに乗っ取らちまいますね」
「乗っ取るとな!?」
今更とは思うがケイスはちゃんと人間よな?
妾ですら乗っ取られるような装備を抱えて平然としておるとは……。
「そういえばカリュブディスはどうなったん? あれっきり動かへんけど」
「今八重位に氷漬けにしてる最中っすね。四桁年数くらいは出てこれないようにでもしようかと――」
めっきり動かなくなったカリュブディスを見据え、そう藤紅が尋ねれば、トゥオンはさらりと何かとんでもない事を言い出して。
しかし途中でその言葉を止める。
――目の前に、わだつみが出てきたからじゃ。
「倒して連れてこいと言うたのに、そちらから来るとはどういった風の吹き回しかや?」
「何、一つ確認をしようと思ってな」
真意の見えぬわだつみの行動に、当然のように全員が警戒態勢となるが。
わだつみの口から出たのは、非常にシンプルな問いかけ。
「仮に、今貴様らの中に救おうとする人間がいたら、活躍したと思うか?」
ケイスが居たら、対カリュブディスで活躍したか? と。
「見ればその白き龍と群青の狼の力でカリュブディスを封じ込めている。……であるならば、その二つが離れていたとしても今の状況を作り出せたか?」
ケイスが居ない方が、すんなりいったのではないか? と。
「――生憎」
「うん?」
「その問いに納得のいく答えは出せぬのじゃ」
「何故?」
「簡単じゃ。仮定の話はあくまで仮定、そんなに見たくばケイスを復活させてから再度挑めばいい。そうすれば、わだつみの問いに明確な答えが出よう」
そんな、ケイスの力を値踏みする様な行為に、なぜか無性に腹が立つ。
だから、突きつける。最も分かりやすく、簡単な答えを。
『復活させてやらせてみろ』と。
「なるほど。……どこまでも重なるものだ」
「重なる?」
「いや、こちらの話だ。……貴様ら、何か町に寄ったときに渡されたであろう?」
妾の答えに納得したのか、一人で何度か頷いたわだつみは、こちらに向けて手を差し出して。
「渡された……。これの事かや?」
妾が取り出した、お守りといって貰った牛の角の加工品を手渡すと。
「ここまで周到か。……『無色』め」
妾たちには分からぬ無いようで独り言つわだつみ。
「かつての『英雄』はな」
「は?」
「いいから聞くがよい」
そして、唐突に何やら語り始める。
「かつての『英雄』は、真の意味で独りであった。仲間は居たが、それでも『独り』。何故だと思う?」
「誰にも心を開いてなかったからか?」
「ふむ。……お主がケイスとやらか。なるほどなるほど」
効けと言われた直後に出された問いかけ。これに即座に答えたのはケイスであり、その答えに満足そうに頷くわだつみ。
「何故心を開かなかったと思う?」
「さぁ? 本人にでも聞かねぇとそれは分からねぇだろ。……けど」
「けど?」
「『英雄』って言うぐらいだ。そいつ一人なんだろう。複数人……その仲間たちも含めるなら英雄『達』って言わなきゃおかしい」
「確かに」
「けど、言った通り『英雄』でしかなく、仲間は『英雄』足りえなかった。……恐らくだが、仲間たちも打算的なところがあったんじゃねぇか?」
段々と、ケイスが考えを口にするごとに、わだつみの表情が和らいでいく。
「例えば?」
「例えば……『英雄』ってぐらいだから強いんだろ。その強さに守られるため、とかか?」
「ふむ」
強きに巻かれ、保身する。
大樹には寄りかかりたくなるものだが、大樹が――英雄が、果たしてそれを望んだか。
寄りかかられるより、共に誰かの支えに……大地の支えになることを望んでいたのではないか。
だからこそ、『独り』。
「分かった。霊薬を渡そう。カリュブディスの事は私が預かるぞ?」
「構わぬ。元より霊薬さえ貰えれば異論ないわ」
渡した牛の角の加工品を握りしめ、ゆっくりとカリュブディスへ向かうわだつみを見送り。
とうに限界の来ていた妾と母上は、静かに地面へと降りたのじゃった。




