胡散臭いのじゃ
攻撃が当たったという事実に驚くが、ただで攻撃を受ける藤紅ではないことは理解しておる。
すなわち、被弾することを加味した行動をしている可能性がある。
だからこそ、藤紅から発される魔力の流れも、精神世界をも見張っていると。
「セレナ様、後ろっす!!」
突如としてトゥオンの声が飛ぶ。
視認するよりも前に宙を蹴って横に飛び。
頬を掠めるカリュブディスの触手を尻目に藤紅へと向き直り。
「何が目的じゃ?」
問うた妾を藤紅は流し目で見ながら鼻で笑うと……。
「そやなぁ。……目的、何処まで言うてええんやろか。――んー、ここまでならええやろ」
何やら一人で思考し、納得し、
「ケイスが大変な目に遭ってるやろ? あれの手伝いをしに来てん」
どう考えても信用できない言葉を口にした。
「信用できるわけが無かろう。というか、それを口にしたことで信憑性が皆無じゃ」
「そう言わんと。うちも驚いたんやで? ゾロアスト様がまさか人間一匹の事を気にかけてるなんざな」
「……ケイスを、か?」
母上も交え、カリュブディスの触手を躱しながら藤紅と会話。
「せや。ゾロアスト様の名に誓って、ここではケイスに危害は加えへん。どころか、あのクラゲ討伐するのに手を貸すで?」
「めっちゃ胡散臭いんだけどこの人信用できるの?」
ついでにスカーレットも合流し、直後に答えにくい事を聞いてきよる。
「普通は信用ならん。常に警戒が必要じゃ。……が」
「が?」
「自分の主の名に誓うと言っておる。そんなこと、妾ですらせぬ。今回限りは信用してもよさそうなのじゃ」
「主の名に誓うと信頼度上がるんだ?」
人間と精霊、魔物の感覚は同じではない故に答えにくいのじゃが、おおよそ藤紅の発言は取り消したり、翻したり出来るものではない。
こう言葉を紡いでしまえば、それは一種の契約となる。
自身の代理に主を据え、その主の信用を担保に契約を結ぶ。
この場合は嘘をついていない、あるいは、他意はない。といったところかの。
ケイスに危害を加えず、カリュブディス討伐に力を貸す。……あの藤紅が?
妾たちと? 同じ二天精霊の対属性の眷属である妾と共に?
一体二天精霊は何を考えておるのじゃ?
「こやつが自身の発した言葉と違う行動をとった場合、ゾロアストが直接手を下しに来る。それぐらいの発言を行ったのじゃ」
「よく分かんないんだけど今は信用していいってことだよね?」
「今だけの」
「りょーかい! んじゃあ……さっきはいきなり攻撃当ててごめんなさい!!」
藤紅がこの場限りの味方であると確認を取った後の、最初のスカーレットの行動は……謝罪。
頭を下げ、先ほどの不意打ちの件を謝った。
「気にせーへんでええで。どうせダメージ無いんやから」
「え? ノーダメ?」
「せやよ? わだつみの力ならまだしも、それより下の力やろ? 効かん効かん」
普段と変わらぬ口調でそれを受けた藤紅は、敵となる存在を睨みつける。
――宙を漂う巨大なクラゲを。
「分からぬ。何故俺を討伐しに来る奴らが居ると俺に伝えた? 何故自分もその一員だと告白した?」
そのクラゲは、突然自分を倒す手助けをすると宣言した存在相手に疑問を投げかける。
「色々あるんよ。渦の中に引き籠られとったら手が出せへんかったとか、誘き出す必要があったとか、そもそもわっちが正面から戦うことが不意打ち足りえるとかな?」
そんな疑問にしっかりと答えながら、藤紅は突如としてその姿を消し。
「――!!?」
全員が驚く中、カリュブディスの頭上へと現れて。
「まずは景気づけに一発! 遠慮せずにもろときや!!」
勢いをつけたかかと落としをお見舞いする。
――しかし、
「俺に物理攻撃は効かねぇ。……くたばれ!!」
それがどうしたと言わんばかりにすぐさま渦潮を展開し、触手を藤紅に殺到させるカリュブディス。
「セレナ、行くぞ!」
「了解なのじゃ!!」
藤紅ばかりに任せられぬと、母上に誘われ妾たちも動く。
周りを漂っていた触手が藤紅に集まっていることで、先ほどよりもすこぶる動きやすくなった。
……しかし、何処を叩けばクラゲにダメージを与えられるのじゃ?
触手の付け根? それとも藤紅がかかと落としをきめた笠の部分かの?
「笠に攻撃を集めや!!」
そんな妾の思考を呼んだのか、欲しかったアドバイスが藤紅から降ってきた。
礼は言わぬぞ。貴様には散々苦汁を飲まされたからの。
「うっとおしいなぁ!!!」
藤紅と、妾と母上と。
周りを動き回る三体を目障りと思ったのか。カリュブディスは自らが展開した渦潮へと体を沈め始める。
「逃げる気やで!!」
「水の扱いなら任せなさーい!!」
妾たちから遅れてきたスカーレットが、カリュブディスの潜ろうとしている渦潮へと手を翳すと……。
「何が起こった!?」
その渦が治まり、ただの水面へ。
「セレナ様、あっしを!!」
次いでトゥオンから自分を使えと指示を受け。
「食らうのじゃ!!」
カリュブディスの笠へと、トゥオンを突き立てた。




