開戦なのじゃ
唐突にだが、『斬る』という表現についてどのような印象を持っているか。
当たり障りのない解答をするならば、『切断面が見えるように真っ二つにすること』であろうか?
その表現で『斬る』という言葉の説明がなせるのであれば、シズの放った魔法はまず、空気を切断した。
「は?」
断面が見え、魔法によって斬られた空気は、それだけ魔法の威力が高い事を物語る。
そんな空気の断面に見とれていれば、どうやら魔法は海面へと到達したらしく、大きな水しぶきを三つほど立ててその姿を主張する。
Δ型の水しぶき。そして……デルタ型に抉られた――いや、断面を見せる渦潮。
それまでの水の流れなどまるで無視し、滑らかな断面を見せた渦潮は、ほんの数秒ほどその状態を維持し、ようやく自分が水なのだと再認識し、断面を埋めるように流れ始め。
「はい!! もう一発!! おまけです!!」
その現象が、シズによって三回ほど追加されたとき、スカーレットが妾たちの心情を代弁してくれた。
「何……あれ?」
「風魔法……のようじゃが、知らんのか?」
「百歩譲って水を切断するっていうのはまだ理解できるよ? いや、十分分かんないけど。でも、空気を切断してそれが見えるってのは流石に聞いたことがないよ?」
「シズ、説明を」
困惑と疑問。
その感情の矛先は、当然魔法を放った本人へと投げられる。
「え、ええと……。風の精霊によって形成された『万物を斬る』風の刃を産み出す術です。もう一つ上の魔法もあったんですけど、それだとここら一帯を破壊しかねないので――」
その本人よりこのような説明がなされるが、そもそも我らが驚愕したのはそこではない。
「何故風の魔法が、風そのものを斬り裂く? 火のモンスターに火の魔法が効かぬように、同じ属性が効果を及ぼしあうのは普通はあり得んのだぞ?」
母上の言うように、同属性を持つものに同属性をぶつけたところでまるで効かぬ。
衝撃でダメージは入ろうとも、属性起因のダメージは皆無なのが普通。
だのにシズの放った魔法は風を斬り裂いた。故に、驚愕した。
我らの常識が、音を立てて崩されたのじゃからな。
「何故と言われましても……そういう『魔法』なので……」
問われているシズに困惑の色が浮かんでくる。どうやら、魔法の効果は理解していても、その理屈を理解しているわけではないらしい。
単純に考えれば、風を斬れる――つまり同属を斬れるという魔法など、あっても四大の力を具現したような魔法なのじゃろう。
なぜそれを知っているかも、扱えるかも分らぬがな。
とはいえ、空気を斬り、渦潮を斬り刻んだ先ほどの魔法は、どうやらお目当ての存在に届いていたらしい。
上がる水しぶきのその中から、ゆっくりと浮上してくる超巨大なクラゲ。
海峡一杯にその笠を広げ、水の螺旋を纏って昇ってきたソレは。
「ギュブルルルルルル」
よく分からん音をだし、妾たちへと水流を放ってくる。
「下がれ!!」
母上の怒号が飛び、竜状態へと一瞬で戻ってブレスを一吹き。
水流と正面衝突した純白のブレスは、その水流を二つに別ち。
結果、妾達のところへ来る頃には、水流は程よいシャワー程度の勢いに。
そんな水を浴びたところで特に感じるものなどあるハズもなく。
妾はクラゲへ目掛け、大地を思いきり踏みしめ――跳ぶ。
使い方が分からぬトゥオンより、拳で殴った方が早い。
そう考えて突っ込みはしたが、当然それはクラゲによって阻まれる。
目の前に突如として現れた水壁が、妾の行動を阻害する。
咄嗟に宙を蹴り、横へと方向を変えて水壁への激突は回避できたが、逃げた先にはクラゲの職種が待ち構えておった。
「だから何じゃ!!!」
伸びてくる触手へ、そんな怒号を浴びせながら蹴りを喰らわすと。
その触手から、何やら針が飛んできて。
それをシエラで防いでみれば、
「うっげぇぇぇ、何だこれ気持ちわりぃな。……精神汚染みてぇなもんが流し込まれてくるぜ」
受けた本人にしか分からぬ表現で、喰らった感想をレヴューしてくれる。
なるほどの。喰らうわけにはいかぬようじゃな。
「母上! スカーレット! 触手から飛ばす針に触れてはならんのじゃ!!」
「分かった!!」
「承知!!」
振り向けばすぐそこまで飛んできていた母上と、その背に乗り、すでに『青頭巾』と変化したスカーレットを確認出来て。
そんな母上を、クラゲは放っておくはずもなく。再度水流を目掛けて発射する。
正面と、上の二方向から。
先ほどのブレスで対応されたことを加味し、本数を増やしたのじゃろうが、『青頭巾』となったスカーレットがいる以上その本数も無駄じゃ。
案の定母上はブレスを、そして、スカーレットは同等の水流を出現させてそれぞれを相殺。
――が、水流の後ろから針が飛んできて。
「危ないです!!」
シズが暴風を発生させ、その針を彼方へと吹き飛ばす。
「サンキュー、助かったよ」
「面倒だな。何とかならんものか」
水流に隠して針を飛ばす。正直面倒な組み合わせに母上が愚痴をこぼした時。
「何用だね?」
クラゲは、その巨体を震わせ、妾たちへと問いかけてきおった。




