移動したのじゃ
スカーレットと共に竜の姿へと戻った母上の背中にしがみつき。
「多分この辺だと思うんだけど……」
という言葉を信じて地に降り立つ。
初めは妾も竜化するつもりだったのじゃが、装備らの猛反対にあった。
流石に、妾が竜化してしまうと装備が壊れかねんという事らしい。
「ここらがアニッセムという場所なのかや?」
「厳密には違うけど、近くのはず。……アニッセムって海峡なんだよね。確か、一年中渦潮が治まらない荒れた場所って聞いたことがあるの」
「とりあえず海を目指せばよいのだな? また飛ぶか?」
どうやら母上は、一度地上に降りた理由を位置確認と思ったようなのじゃが、ならばそうだと最初から言うであろう。
つまり、わざわざ目的地ではなく、その付近に降り立ったのには意味があるハズじゃ。
「いやいや、アニッセム海峡の近くにはヒュルドって港町があるハズなの。まずはそこを目指そうよ」
「? 理由が分からんが?」
「もし何らかの不都合があって、出直さなきゃいけなくなった場合、拠点となる場所が必要でしょ? 怪我とかするかも知んないし」
「もちろん休養も必要じゃ。確かにケイスを救うために急がねばならんが、それで焦って今回の『カリュブディス』を討伐出来なんだらそれこそ本末転倒じゃろう?」
まぁ、案の定理由があった訳じゃな。
妾達基準で考えると、どうしても無視しがちになるが、人間というのはしっかりと作戦を練るものじゃ。
妾達は直接ねじ伏せればいいだけであるしな。
ただ、あの『わだつみ』の言いようはどうにも引っかかる。
本来、水を統べる四大の命令は余程でない限り無視は出来ん。
であるにもかかわらず、『カリュブディス』は無視するという。
……最悪の場合、『わだつみ』と同等の力を蓄えており、かつ、『わだつみ』への下克上を狙っているとも考えられる。
そうであった場合、先のイフリートたちとの戦闘などでの消耗は、下手をすると妾達の敗北の要因になりうる。
そうならぬよう、まずは『カリュブディス』の力量を見極め、そのうえで回復してから向かうのか、それとも回復せずに戦うのかを考える必要がある。
その拠点となる場所に、ヒュルドという町をスカーレットが選択したという事じゃろう。
「なるほど、理解した。……ところで、そのヒュルドという町、何か名物はあるのか?」
妾の思考を読み取り、理解した母上は、自分の腹を擦りながら、そのようなことをスカーレットに尋ね。
「港町っていうくらいだから、海産物は有名かな」
との返答に、露骨にがっかりとしだす母上。
「酒は無いのか? ……後は野菜も」
「お酒はあるだろうけど、野菜……野菜かぁ。あんまり聞かないかなぁ……」
がっかりした理由は自分の好物が有名ではなかったから、という、鎧の中のケイスが思わずツッコミを入れるくらいには切り替えの早さを見せた母上は、全身を発光させてまた人間の姿へとなり変わる。
「時間が押しているのは事実。まずはそのヒュルドという町に急ぎ向かうぞ」
そう言って再度スカーレットに道案内を頼みつつ、妾と母上はギリギリ人間に出せそうな速度で駆けだすのだった。
*
「あ、皆さん。ちょっとお時間よろしいですか?」
宿泊施設を堪能し、そこを後にしようとする冒険者の一行を見かけたキックスターは、その冒険者一行に声をかける。
女性が四人に男性一人のパーティは、珍しくないと言えば嘘になるが、別にあり得ない組み合わせではない。
そんなパーティを呼び止めたのは、ふと、とあるものが目に留まったからだった。
「何か用ですか?」
パーティのリーダーであるアイナが、柔らかな口調で呼び止めた理由をキックスターに尋ねると。
「随分と珍しい物をお持ちの様でしたので、つい声をかけてしまいました。……もしよかったら何ですが、その短剣、すこしだけ拝見させてもらえないでしょうか?」
キックスターは、アトリアが腰に差している鈴のついた短剣を指差して言う。
得物を見せてくれないか、と。
当然、警戒はするのだが、警戒を向けられてなおキックスターの表情は柔和は笑みで。
少しなら……と、アトリアは短剣をキックスターへと差し出した。
鈴を鳴らしてみたり、刃の部分を光に翳してみたり。
武器としてではなく、工芸品として見定めたキックスターは、満足したのか短剣をアトリアに返した。
……そして、
「そういえば、皆様はケイスさんとお知り合いですか?」
ケイスやセレナ、スカーレットらが居れば、露骨に警戒する様なその質問を投げかけて。
「え? あ、はい。知り合いですけど?」
あまりにも唐突にされた質問に、思わず素直に答えてしまったアイナへと、
「実は、ケイスさんが今大変なことになっていまして……」
どのような意図があるのか、巻き込むために、ケイスの現状をかいつまんで説明するのだった。