向かうのじゃ
その匂いの先を視線で追えば、空間が焼け溶けるように歪みはじめ――。
その歪みから、のっそりとイフリートが顔を出してきた。
「――っ!?」
突如として広がる緊張と、明確な敵意を剥き出しに臨戦態勢に入る妾たち。
……しかし、
「やめとけ。別に今はお前らにどうこうしようっていう考えはねーよ」
出てきたイフリートは、手をヒラヒラと振って戦闘の意思がない事を表して。
そのまま、怪訝な顔をしているわだつみを見据えると……。
「『水の』、お前霊薬寄こせよ」
ド直球に、妾たちが欲しているものを要求した。
「お主――」
「横取りとかじゃねえよ。俺を経由した方が話が早えってだけだ。俺と殴り合える人間なんざ希少もいいとこ。……どころか、あいつで二人目なんだ。みすみす死なせるかよ」
もしや妨害の為に……そう思って動こうとした妾と母上を、威圧だけで止めたイフリートは、わだつみの霊薬を欲する理由を説明する。
それは、ケイスを死なせないために、自分を担保にしているようなもので。
「分からんなぁ。偏屈な『茶色』はともかく、『赤色』までもが肩入れするか。……その存在に何があるというのだ」
「『土の』がどういった意図で肩入れしてるかは知らねぇが、俺があいつの復活を手伝う理由は簡単だぜ? また闘りてぇ。これだけだ」
「それが分からん。『赤色』が本気を出せば、ここにいる全員が束になっても一瞬であろうに……」
常に疑問を投げ続けるわだつみは、やはり簡単にはいかないようだが……。
「そんなの知ったこっちゃねぇよ。闘ったら楽しかった。その事実が重要だろう?」
「『赤色』らしいな。……ふむ、では仮に、儂が『赤色』に霊薬を渡すとしよう。『赤色』は儂に何を対価として寄こすのだ?」
「俺も霊薬を出すぜ。それで対等だ」
「……分からん。霊薬同士を交換したとして、それをあやつらに渡すのであれば『赤色』の手元には何も残らん。どころか、儂に霊薬を渡す以上マイナスでしかないと思うが?」
「しばらくはそうだろうさ。だが、後にそれよりもでっけえ見返りが来る。……そんな気がすんだよ」
まるで根拠のない、そうなりそうな気がするという自分の直感で霊薬を――核を差し出そうとするイフリートに、わだつみは折れた。
「分かった。『赤色』の霊薬と交換という事で了承しよう。……この霊薬を儂がどう使おうが文句は言わんな?」
「渡した後でぐちぐち言うかよ。好きにしろ」
「ならば霊薬は渡そう。……ただし、あやつの力は見れんにしても、今この場に居る貴様らの力は見ておかねばならん」
どうやら話がまとまったらしく、こちらを向き直ったわだつみは、何やら顎に手を当てて考えると……。
「……一体、儂の帰属を拒む精霊がおる。そいつを伸して儂の前に連れてこい。さすれば、霊薬を渡そう」
何やら条件のようなものを付けてきて。
「その精霊の名を聞いてもよいのじゃ?」
「『カリュブディス』という精霊なのだがな。儂が命令を出しても従わんのだ」
「母上、名を聞いたことは?」
「初耳だ。……今その精霊が居る場所は分かるのか?」
「『カリュブディス』は今、アニッセムという場所の近くに居るはずである。別に期日は決めんが、早くしなければならんのだろう?」
受け入れるしかない妾達に、一方的に押し付けてくる。
「精霊の特徴は?」
「渦潮を纏いしクラゲ……とでも評そうか」
「そいつを倒してくればいいんじゃな?」
「左様」
「スカーレット!」
「な、何?」
「アニッセムという場所は分かるのじゃ?」
「知ってはいるけど……」
「ならばすぐに向かう用意だ。速攻で向かって速攻で戻ってくるぞ!!」
母上も同じ考えだったようで、一人ついてこれていないスカーレットが少しだけ間を開けるが。
「わ、分かった! けど結構距離あるよ?」
「妾達を何だと思っておる。竜の姿に戻って飛ぶのじゃ」
「大雑把な方角だけ示せ。後は気配を探る」
言うよりも早く、元の竜の姿へと戻った妾と母上は、イフリートもわだつみも無視して飛ぶ準備を。
――と思ったが、
「メリアちゃんがまだ目を覚まさないけど!?」
「流石に寝ているものを連れて行くわけにもいくまい。……宿に連れて行くのじゃ」
メリアの事を今更思い出し、仕方なく宿へと戻ることに。
結局、この後ノワールとキックスターに事情を説明したり、飛ぶ前の腹ごしらえなどを済ませてからアニッセムへと向かった。
場所はしっかり頭に叩き込んだし、これならば迷うこともないじゃろうて。
(セレナ様、それフラグっす)
(俺、途端に心配になってきたんだけど)
(ご、ご主人様、ポジティブにいきましょう、ポジティブに)
*
「しかし驚いたな、まさか『白色』の眷属まで居ようとは」
「ただもんじゃねぇとは思ってたが、俺ら以外にもあいつに目を付けた奴が居たんだな……」
セレナたちが宿へと戻った後、残ったイフリートとわだつみは、久しぶりに顔を会わせたことで世間話をしていた。
「そやつは本当に人間なのか? 眷属に、精霊にと誑かしているようだが……」
「人間みたいだぜ? じゃねぇとあっさり死にかけはしねぇだろ?」
「『赤色』と『茶色』が激突し、『黒色』まで介入したと聞く。この状況では死にかけぬ方を探すのが難しいだろうに」
「お前のとこの人間は生きて動いてるぞ? あいつはスルーか?」
「契りし者の事か? あやつは無事でも『オオモノヌシ』その分消耗しておるぞ? 人間の消耗に比べたら微々たるものだがな」
「なるほど。あいつはそれを全部自分の身体で受け持つしかねぇのか。……だから呪いの装備ってわけだ」
「ダメージを負担、軽減するための装備によって危機に瀕する。まさしく呪いであろう」
「さぁて、どれくらい時間がかかるかね。『水の』んところの暴れん坊を潰すには」
「知っておったか」
「結構噂を聞くぜ? 『水の』が唯一服従させることを諦めたってな」
「まぁ、おおむね間違っておらん。……倒せぬかも知れんなぁ。あの暴れん坊は」




