気分が変ですとさ
何か傍点が多くなった気がするけど気にしない気にしない。
二重に重なった『降魔』は、どうやら俺から感覚を奪うらしい。
動機が飛び、押しつぶされるような、内側から破裂しそうになる『降魔』と違い、感覚が、感触が。
あらゆる『感じる』という部分が、まるで溶けて浸透していくように。
自分の足で立っているはずなのに、足に感じる感覚は、周囲の奴らから踏まれているという感覚。
普段と違いすぎる感覚に、思わず意識が拒否しかける……が。
「ダメっすよ旦那。意識手放したら持っていかれちまいますぜ?」
トゥオンの声に引き戻される。
「初めて二重の『降魔』なんてやったが、あまり好ましくねぇ感覚だな!」
「シエラ……黙っててくれ。頭の中で声が反響しやがる……」
「ちなみに旦那? 悲しいお知らせなんすけど、イフリートが突っ込んできますぜ?」
その言葉に視覚へと意識を向けると、セレナもスカーレットもまるで無視してこちらへと走ってくるイフリートの姿が。
待ってくれよ。まだこの状態を理解しちゃいないんだ。
少しでも時間稼ぎになるなら。そう考えて放った衝撃波は。
「んおっ!?」
先ほどまでのソレと違い、異様な手ごたえを伴っていて。
「!!?」
先ほどまではそのまま受けて何の反応も示さなかったイフリートが、明確に防御の構えを取るが……。
「あ、無駄っすね。あっしの能力に防御は不可能っす」
勝ち誇ったように言うトゥオンの言葉通り、イフリートの両腕がまるで食い千切られた様に消失して。
その瞬間に、内から熱が広がるような、満たされるような感覚が身体に満ちる。
「旦那、叩き込んでくだせぇ! 今のシエラの衝撃波は、あっしの力が乗って、万物を喰らう空腹の獣でさぁ!!」
「よく分かんねぇがイフリートに有効なんだろ? 相棒! ぶっ放しまくれ!! HAHAHA」
言われなくても。そう口にするよりも行動でそれを示すために。
イフリートを包囲するように、ほぼ全方位から衝撃波を向かわせる。
「何の豹変だ!? クッソ面白れぇじゃねぇか!!」
腕を食い千切られたというのに、まだなお楽しむ余裕のあるイフリートは。
全方位から向かってくる衝撃波に対して……。
――炎を、投げつけた。
突如としてイフリートの手に発生した煌々と煌めくその炎は、衝撃波へとぶつかって。
また満たされる感覚がするが、それは先ほどとは比べ物にならない程小さな、弱い感覚で。
イフリートは、炎をぶつけた衝撃波の方向へと走っていき……。
他の衝撃波の範囲から、あっさりと脱出した。
「全部を喰らう。……ありゃあフェンリルの能力か? あの腹ペコ狼がこの場に居やがるのか?」
食い千切られた腕に向かって炎を吐いて。たったそれだけのことで両腕を復活させたイフリートは、首を鳴らしながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「さっきの衝撃波と合わさっちまってるが、それゆえに対策はしやすかったな。……最初に触れたものを食い千切るってんなら、適当な精霊ぶんなげりゃあそれでしめぇだ」
「さっき喰らったのは精霊ですかい!?」
「おうよ。……つっても、名も無きゃあ役割すらねぇ文字通り産まれたての精霊だがな」
つまりイフリートは、触れると喰らう衝撃波に向けて、身代わりとして精霊を投げた、と。
……というか初見は見事に食らわせたものの、普通に次から対処出来てる当たり、イフリートって頭がキレるんだな。
……見た目はまんま脳筋なのに。
「ついでに、フェンリルの能力ってんなら上限がある。それに辿り着くまで、色々と生み出させてもらうぜぃ?」
そう言ってイフリートは、炎を纏った拳を俺へと突き出して。
その炎ごと食らわせようと、正面から衝撃波を放つ。
また腕ごと喰らうものの、イフリートはにっこりと笑い、
「その炎からは数千の精霊が産まれるようにしてある。フェンリルの胃袋に果たしてその数が入りきるかな?」
なんて不安を煽ることを言ってきて。
(トゥオン、あんなこと言われてるが大丈夫なのか!?)
(ぶっちゃけ大丈夫っすよ。そりゃあ、普段は精霊数千なんて喰ったら途中で戻しちまいますけどね? 『降魔』って、滅茶苦茶お腹すくんすよ。なんで、あっしの能力の乗ったシエラの能力……面倒っすね、『餓狼衝』って呼んじまいましょう。『餓狼衝』さえ打ち続けてくれりゃあ、その分消化しますぜ)
トゥオンに確認してみれば、衝撃波さえ撃っていれば問題ないとのこと。
だったら、ちょっとばかし小細工も入れて乱打しますか。
(ちょ、相棒! あんまし調子に乗ると、『降魔』が解けるぜ?)
(心配いらないっすよシエラ。あっしが喰らったエネルギーを『降魔』の持続時間に換算してるんで)
(お前、もう少し早くそれ言えよ。……ていうか、前にお前が『降魔』してりゃあ何とかなった場面があるんじゃねぇの? その能力だと)
(う゛……。言わないでくだせぇ。何分ほんのさっきまで、文字通り『封印』されてたんでさぁ)
(何したんだよお前……)
何やらトゥオンが気になることを言っているが、今は目の前のイフリートに集中だ。
先ほどと同じく全方位衝撃波。……を三回。
これで、精霊を犠牲に脱出しようとしても、その前に他の衝撃波に追いつかれる。
これならあいつに有効打を……。
「しゃらくせぇ!! 何度もそんなのがオレに通じると思うなよぅ!!」
与えられると思ったが、イフリートの取った行動は衝撃波への正面衝突。
衝突の直前に全身に炎を纏い、喰われる前に物理的に三重の衝撃波を強行突破。
呆気に取られる中、俺へと拳を振りかぶり……。
「『圧水斬』!!」
その背中に、スカーレットの放った水魔法が、直撃した。
読了感謝です。
「やったか!?」等とは絶対に言ってはいけない(戒め)