教えませんとさ
目が覚めると見知らぬ……訳でもない天井。
俺が前回ぶっ倒れたときに、ハウラやセレナから運ばれたティニンの宿。
前回と違うことと言えば、傍らにアイナたちが居たことくらいか?
「目……覚ました」
「んぇ? ……あ、ほんとだ」
俺を見ていたアトリアが呟くと、寝かけていたアイナが顔をあげる。
……涎垂れてるぞ。
「ご機嫌はいかがでしょう?」
「全身が痛む上に頭痛がすげぇ」
「あの戦いについて行けてた副作用?」
「まぁ、そんなところだ」
エルドールに体調を聞かれ、隠す必要もないと正直に答える。
するとグリフから、単刀直入に質問が飛んできて、これにもまた、正直に。
「戦ってる時だけ見た目変わってたもんね」
「なんか、こう……凄かった」
「あんなの、前から使ってた?」
どうやら、見た目では遠巻きにでも分かるほどの変化らしい。『降魔』ってやつは。
顔に月を用いたツキの紋章が浮かび上がることはセレナから指摘されたが、それは顔を合わせないと分からないだろうし……。
「使ってるわけねぇだろ。使うたびにこうしてぶっ倒れるような代物だぞ? 足手まとい確定じゃねぇか」
使っていなかった。……正確には使えなかった、が正しいのだが、それをわざわざ教えてやる義理も、もうない。
ていうか、『降魔』なんてもの知って、こいつらがどうこう出来るわけじゃねぇが、あんまり変なところに首を突っ込ますのも気が引ける。
「それもそっか。……で、ここからは絶対に教えてほしいことなんだけど」
俺の説明で納得した。しかし、息を一度吸って凄むように俺へと念押しをしたアイナは、
「あの二人の事、詳しく聞かせなさいよ」
と命令してくるのだった。
*
しばしの沈黙。会話の切れたそのタイミングで、この宿泊施設の従業員が食事を運んできた。
俺の分だけでなく、アイナたちの分まで。どうやら、俺らが受けた依頼の手伝いをしたと、この宿泊施設を数日無料で利用できるようにしてもらったらしい。
じゃないと、こいつらにはとても手が出るような値段でもなければ、コネもないだろうし。
「……どこまで聞きたい?」
「はぁっ!? 全部に決まってるでしょ!?」
「…………正直、話すつもりは――ない」
「私たち、巻き込まれた。知る権利は、ある」
「だとしても、あいつらの事を聞いて、下手するとそのまま消される可能性すらある」
半分脅しの半分本気。アイナとセレナの二体の龍が、俺という手綱によって国に繋ぎ止められている状況は……いや、その情報は。
とんでもなく高い価値があり、そして、恐怖がある。
一方は以前二天精霊ヘイムダルの眷属で。
もう一方は、現二天精霊ヘイムダルの眷属。しかも二つ名持ちときたもんだ。
そんな奴らが一国にいるとなれば、簡単に他国への侵略ができる。
どれだけほかの国が団結しようが、俺らはいわばジョーカーのようなもの。
人間程度のちっぽけな存在が、四大精霊と肩並べるあいつらに敵うとは一切思えない。
だからこそ、聞いたのだ。どこまでか? と。
「そんなに、ヤバイ存在なの?」
「……それに答えるだけでもある程度絞れてしまうからな。無回答。ただ、あいつらの強さを見て、行動を見て、『普通』だとは思えねぇだろ?」
俺の問いかけに、ゆっくりと頷くアイナ。
出来れば、これ以上聞いてくれるな。本当に戻れなくなるから。
「思えば~、ケイスさんがパーティーに居た時にも、何度かこのようなことがありましたね~」
「? ……そうだっけ?」
「追加の依頼、勝手に受けて、勝手に動いて、危険な目にあって……」
「でもそれは、その時の依頼の報酬じゃ生活が厳しいからって、こいつが勝手に――」
あぁ、懐かしいな。……本当にこいつら、薬から食料から装備から金がかかって、常にカツカツだったんだよなぁ。
少しでも余裕出るようにって、あいつらじゃ歯が立たないような魔物を倒す依頼とか、勝手に受けてたな。
「今回も似たようなことだと思う。私たちは、首を突っ込まない方がいい」
「でも――」
「冒険者に、必要なのは、危険予知。危ないと思ったら、すぐに引くこと」
「話を聞くだけで~、身に危険が迫る。そんな話は~、聞かないに限ると思いません?」
アトリアとエルドールによる、アイナへの説得。
それは、俺がどれだけ説明するよりも、ずっと効果のあるものだろう。
なにせ、パーティーのリーダーがほかのメンバーからの言葉を無下に出来るはずがないのだから。
「生きてれば、儲けもの。自ら死にに行くのは、バカ」
「はぁ……。分かったわよ。聞かないわ」
グリフの言葉に大きくため息をついたアイナは、ついに折れ。
「けど、何か埋め合わせしなさいよ」
と、俺を睨みつけてくる。
「俺の分の食事、食っていいぞ。体動かんから食えんし」
と、軽く言って俺は目を閉じる。
まだ寝る。出来れば邪魔しないでくれ。
そう願った俺の思いは通じることなく。
運ばれてきた食事を一口食べた瞬間、その美味しさに俺の分の食事の取り合いになり。
騒ぎ続けるアイナたちのせいで、俺は再度寝付くのにかなりの時間が必要だった。




