知らないことがあるらしいとさ
「――けほっ!? ここどこ!?」
お、目が覚めたみたいだ。危うく領主の娘を殺すところだった。
「危なかったのじゃ。まさか母上のブレスを受けて生きておるとは……」
「大方、憑依していた『オオモノヌシ』にダメージが片寄ったのだろう。九死に一生と言ったところか」
「物騒な会話聞こえてるんですけど!?」
起き上がり、飲んだ水を吐き出しながら、側で額の汗をぬぐうセレナとハウラにツッコミを入れるスカーレット。
復活早々元気なこって。
「とりあえず聞きたいんだが、操られてた……乗っ取られてた時の記憶はあるか?」
「記憶も何も、意識あったし」
「あ、そう。じゃあ、『オオモノヌシ』の思考ともリンクしてたか?」
俺自身、確かに体の操縦を『降魔』をした相手に任せたことはある。
精神世界でトゥオンとシエラに任せた時だ。ただ、その時は俺からは相手の思考にアクセスは出来なかった。
その時俺は出来なかったが、なぜ今回聞いたかという話だが、それは……一方的に体を乗っ取られているだろうという判断だったからだ。
俺がトゥオンやシエラに任せたとき、必ず二人に尋ねられた。
体の自由を借りるぞ? と。
まぁ、約一名……いや、一本。どうせ選択肢がないからと俺からの同意なく奪った槍もいたが、俺が操作権を譲る意志だったのには間違いない。
しかし今回のスカーレットの件は、一方的に体を乗っ取られていた。
であるならば、スカーレット側から相手の意志へアクセス出来ないものかと考えた訳だ。
……最も、俺が体を譲っているときにシエラもトゥオンも俺の思考を読んでたからこの発想に至ったわけだが。
合意なしで一方的に体を奪われたなら、こっちからも一方的に思考を覗けるのではないか、と。
……俺の思考を読むのが装備たちに備わった能力ってんなら無理だろうけどさ。
「思考……ってわけじゃないだろうけど、潜在意識? 的なのには触れたかな」
「お、どんなのだった?」
そんな思いとは裏腹に、スカーレットから返ってきたのは思考に触れたという回答。
それは収穫なのではと、その内容について質問してみるが、
「まぁ、『ワタツミ』様への手土産だとか、これで我らが有利に立てれば……みたいな断片的なものだったんだけど――」
「ちょっと詳しく聞かせるのじゃ」
「そこで知った情報全てを寄こせ」
まだ話の途中。しかし、急に割り込んできたセレナとハウラは、これまで見てきた以上に鬼気迫った雰囲気で。
そんな二体に迫られれば、誰だっけ動揺する。
「いや、知りえたのはそれだけで他には……」
「――そう……か。『ワタツミ』がそのような動きをしておるとなれば、こちら側も動かねばならん……か?」
「我の居た頃とヘイムダル様の陣営は変わっていないか?」
「母上が居た頃の事を知りませんが、ヘイムダル様はあまり動かれぬ」
何も知らないと答えたスカーレットの言葉を聞くと、さっさと自分たちだけの会話に入っていったセレナとハウラ。
ていうか無造作に二天精霊の名前出して会話してんじゃねぇよ。
知らない奴ら……主にアイナたちが聞いたら頭がおかしい連中だと思われちまうぞ。
(頭もおかしい連中だと思われる、の間違いでしょうに)
(身体能力だとか、今までにもぶっとんだ部分見せてんだろ! HAHAHA)
(スカーレット、にも、光の眷属、って、たった、今……バレたし?)
(もうスカーレットさんには全部話して、無理矢理こちら側に引き込んだほうがよくないですか?)
もはや俺の思考を読んでいることを隠しもしないトゥオンを筆頭に、筒抜けの俺の思考にそれぞれ意見を出す装備たち。
と、その瞬間、全身を一気に襲う倦怠感を覚える。
どうやら、シエラとの『降魔』が解除されてしまったらしい。
あれだけ衝撃を撃てば当然か。
(んおっ!? もう時間切れか。やっぱ衝撃ブッパしたせいで前回より短かったな相棒!)
(『降魔』切れたの~? じゃあ、今度はツキの番~?)
(ツキの番はもう少し後でしょう。というか、今すぐ『降魔』すると、旦那の肉体が死ぬ可能性がありますし)
(ぶーー)
いや、ツキ、ぶーーじゃない。
俺の肉体が死ぬのは控えめに言って嫌だぞ? ていうか死にたくないし。
とはいえ解けてしまった『降魔』の反動で、動くのすら億劫。立っていることすら諦めたいこの状態は、さっさと帰って横になりたい以外の考えを排除し始めてしまう。
そんな俺は眼中に無いようで、セレナとハウラは何やら訳分からんことを話し合っているが……。
その状況に水を差すように、音と飛沫をあげて割り込んできた存在が一つ。
村長の持っていた水晶に巻き付き、水から出てきた『オオモノヌシ』だ。
ていうかいつの間にあの水晶を持っていきやがってた? 村長は水辺に近づいていないはずだが?
「む、やばい気がするのじゃ」
「どう考えても戦闘に……ケイス? 何をしている?」
「あいにく『降魔』が解けちまったんだよ! どうしても戦わなきゃダメか?」
「構わん! ただし、自分の身は自分で守ることじゃ!」
その光景を見て臨戦態勢に入ったハウラとセレナは、ようやく俺の状態を確認したらしく、出てきたのはため息と一言。
好きでこんな状態になってねぇよちくしょう。
(ツキ、『降魔』を頼む。ついでに俺の体を動かしてくれ)
(は~い! 分かったの~!)
あぁ、またしばらく動けないほどの体の痛みと眠る日々か。
……無事に戻れたら宿泊できる日にちを伸ばしてもらおう。
そんなことを考えながら、俺はツキへと体の操作権を譲渡するのだった。




