訳が分かりませんとさ
悪党には悪党なりの矜持がある。
少なくとも俺はそう思っていたんだけどな……。
精神世界に無理矢理連れてこられ、本来の姿に戻ったハウラから、尋問と言う名の拒否できないお伺いに、歯を鳴らし震えながら正直に答えていく村長。
いや、まぁ、正直もクソも、嘘ついてもこの場所だと簡単に分かるし、そもそも龍を目の前にしてまともに応答出来ているのが不思議なくらいなのだが。
「あの水晶はどこから持ってきた?」
「た、たたた、滝の近くに、あ、あ、ある祠からだ」
「持ってきた目的は?」
「最初は美しく心奪われて……け、けど、毎日磨いているうちに家の周りに霧が出始めて……」
「魔具の一種であると理解したのだな」
「は、はいぃっ」
こうなると実に素直なもので、我が身かわいさに聞かれたことを全部ペラペラと話してくれる。
何とも手間が掛からないものだ。
「も、もう全部答えたんだ! ここから出してくれ!!」
そういえばこの精神世界、どうやら村長にとっては長居したくない場所らしく、しきりに外に出せと言ってくる。
何でも、耳元で怨嗟の声が延々と囁かれているとのこと。
ぶっちゃけ俺にそんな現象は起きてないし、村長の思い込みや幻聴だろうと思っている。
そんなことを喚く村長の後ろ。おそらくアイナ達の誰かの視界が広がるその映像に、霧の場所へと辿り着いたセレナが映る。
出るか……と立ち上がり、一足先に『俺ら』の世界へ。
突然に現れた俺に驚いたのか、アイナ達が眼を見開いているがそんなの無視だ。
「どうだったのじゃ? 吐いたかや?」
「ああ。あの水晶は滝の傍の祠から持ってきたものだったし、その水晶を使ってここの霧を発生させていたことを認めたぞ」
「なら一件落着じゃの。…………とはいえ遅くないかの?」
驚きもしないセレナに『向こう』での事を伝え、後はハウラが村長を連れて出てくるのを待つだけなのだが……。
確かに指摘通りハウラや村長がこっちに出てくるのが遅い。
見てくるか、と精神世界に入る覚悟を決めた直後、放り投げられたような格好でポーンと飛んできた村長ー-は、しっかりと俺の腹部を直撃。
「妙に暴れるでないわ」
その後を追って出てきたハウラが、やや苛立ちながらそう言ったところを見るに、俺が出た直後位から村長が暴れてたか。
残って二人で村長を外に出してた方が良かったかな……失敗失敗。
とりあえず鈍く残る腹部の痛みを、自分で擦って紛らわし、村長を揺り動かすと、その表情は半眼で虚ろ。
何やらブツブツと言うばかりで、眼の焦点が定まっていない。
「ハウラ、こいつ大丈夫なのか?」
「生命活動は行っているし無事であろう? 何か問題か?」
「いや……ここに連れてきたのは霧を解除させるためなんだろ? なら、こんな状態にしていいのか?」
「? 別にこやつの意思は関係ない。もちろん霧の解除が目的だが、そこにコレの意思はあっても無駄なだけだ」
別段悪びれるわけでも、特に気にする様子もなく。
俺らと違う価値観であることを思い出させるように。
「精神を磨り減らして隙を作り、そこに漬け込んで掌握。傀儡にしてしまえばよい。そうすれば、些細な意思なぞ無視できる」
あっけらかんと、後ろめたさなど微塵も感じず。
人間を精神的に操る。そう言ったハウラは、村長の肩に優しく手を置いた。
一度ビクンッ! と体が跳ねた村長だったが直ぐに治まり。
だらんと伸ばしていた腕がゆっくりと持ち上がって水晶へと翳される。
ーー瞬間。
嘘のように、ゆっくり静かに。しかし確実に晴れていく霧を前に思わず一息ため息をついて。
薄くなる霧が人影を写し、皆が身構えるが霧の中から出てくる存在など今の段階では一人しか浮かばない。
身長も、シルエットも、それは唯一霧の中に残されたスカーレット以外の何者でもなく。
無事だったか、と思うのも束の間、スカーレットは霧が晴れるとたった一歩で俺へと肉薄。
(旦那!!?)
トゥオンの叫びに思わずシエラを構え、スカーレットからの攻撃に備える……と。
俺ではなくアイナへと標的を変え、またもや一歩で近寄って。
って、あいつら俺らみたいに反応早くねぇぞ!?
と、焦って背中を向けたスカーレットへ、トゥオンじゃマズイとシエラのシールドバッシュを繰り出して。
その動きが釣りだと俺が理解したのは、振り向き様のスカーレットの裏拳が、俺の顔面へと突き刺さってからの事だった。
思わず仰け反り動きが止まるが、意識を飛ばすまでは至らずなんとか踏みとどまり。
追撃と放たれる顔を狙った回し蹴りは、身を屈めて回避。
空振りの隙に足払いで体勢を崩し、後ろに飛んで距離を取って。
「アイナ! なるべくみんなで遠くに行ってろ!!」
「はぁ!? 何であんたなんかに指図されなきゃーー」
「俺は庇う余裕なんてもうねぇからな!!」
アイナ達を気にしてたら言いように利用される、と、遠くに行けと言えば理由聞き返してきやがって。
それに対して、もう知らんと宣言すれば、大人しく距離を取り始めるアイナ達パーティ。
というか、俺が一撃貰った時点で逃げろっての……。
「ケイス! 大丈夫かや!?」
「少しだけ油断した。大丈夫だ!」
「我らの知っているこやつではないな。何が起こった?」
アイナ達と入れ替わるように、俺の傍へと寄ってくるセレナとハウラ。
スカーレットに何があったかは分からないが、異変はしっかり感じているらしい。
「分からん! けど、放置はさせてくれないみたいだな」
「ある程度本気で行くぞ!? 手加減して仕留められる相手ではなかろう?」
「絶対に殺すなよ?」
「善処する」
こっちが三人でやり取りを終えると同時に、スカーレットがまた俺へ向かって突進を開始。
それを受け、俺らはーー全員がバラバラの方向に飛び、思い思いの構えをするのだった。




