ドジを踏みましたとさ
思い出されるのはセレナがシズを履き、町を覆う毒霧をたった一つの魔法で吹き払ったあの光景。
それを今回の霧にもやってみてはどうか、とセレナは言っているのだ。
確かにそれなら霧で見えないという問題は消えそうだ。
「私は別に構いませんけど……」
けれども歯切れが悪く言うシズは、一体何を心配しているのか。
「私がセレナ様に履かれるとなると、ご主人様は何をお召しに?」
……なるほど。普段は呪いで外せないからと、全く気にしていなかったが、そう言えば俺、シズ以外に履く靴なんてねぇな。
「どうせ下見の時は『烏の目』を使うんでしょ? だったら旦那は外に出歩かない訳だし、別に構わないのでは?」
「トゥオン、『烏の目』、は、セレナ様の、助力、ありき」
「相棒だけじゃ発動できねぇの、忘れてるぜ。HAHAHA」
「んでもって霧を吹き飛ばすにもセレナが居るし、だったら俺も一緒について行って確認した方がよくね?」
「場所さえ知れれば何とでもなる。……そのまま討伐が手っ取り早いが」
「母上、二つ名持ちである可能性がある以上警戒に越した事はないかと。下手をすれば精霊の眷属ですらあり得ますのじゃ」
そんなふうに俺らがいつもの会議をしていると、目を丸くしてこちらを見ているスカーレットと手紙を出し終えて戻って来たらしいノワールの姿が。
「? どうかしたか?」
「鳩が豆鉄砲でも喰ろうた顔して」
「いや、当たり前にその者等と会話しているのに驚いただけなのよ。……失礼ながら、光の精霊の眷属と聞き及んでいるのだが?」
「その通りじゃ」
「我は『元』であるがな」
今更ながらにセレナとハウラの素性を尋ね、答えが返ってくると頭に手を当てため息一つ。
「そんな存在と臆せず対等に話し合いなど……ましてや依頼をどのようにクリアするかなどを話し合う姿は非日常過ぎるのよ」
「そこらの話が通じない冒険者達よりは何万倍も話が分かってくれるぞ?」
「そこらのモンスターより、数段話が分かるやつじゃぞ?」
「一度恩を受けた身よ。その恩は忘れる事は無いぞ?」
見事に俺とセレナの言い分が被り、ハウラに関しては色々と物議を醸し出す言い回し。
「ケイスとやら、汝は本当に人間なのよ?」
「母さん、その疑問よーく分かる。んでもって多分違うよ」
「いや、俺は普通の人間だよ!」
俺の隣に居る化け物や、『頭巾被り』なんていう噂にすらなるような目の前の奴らと一緒にしないでいただきたい。
「ダウト。普通の人間は二天精霊の眷属と仲良くなれたり、二つ名付きのモンスターを倒したりは出来ませーん」
「だから、装備や運が良かったおかげだっての! 俺自身はただの一般人!」
「それもダウトじゃ。ただの一般人が妾の攻撃を捌けてなるものか」
「汝以外の満場一致でただの一般人ではないのよ。まぁ、だからといって他の何だと言われても解答は持ち合わせておらぬのよ」
クソ、こんな時だけ妙な連携も見せやがって。
「とりあえず現状はシズを履いたセレナが霧を払いに行くってだけだな」
「その時に『烏の目』を使うのが一番安全なのじゃが、妾の身体は一つじゃ。こればっかりはどうしようも……」
「あぁ、そうよ。その『烏の目』とか言う魔法な、キックスターからの許可は降りなんだ」
「やっぱりあいつから受けた依頼以外じゃ使わせてくれねぇか」
「ならば直接出向くしかあるまい」
「しかないなぁ。……ノワール」
「何よ?」
「ちょっと履き物……貸してくれね?」
*
「この先……なんだけど」
あの後シズをセレナに渡しまして、ノワールから客人用の靴を借りまして。
スカーレットの案内の元、俺とセレナとハウラが連れてこられたのは――。
「うわ……すっげぇ霧」
「中に入る気など起きぬし、かといって中は見える事はないのじゃ」
「確かにこれでは物見からの成果も上がらぬのも分かるな」
白というよりは灰色、あるいは青くすら見える濃さの白。
中に入ろうものなら、目の前に持ってきた自分の手すらも見えなくなりそうな深さの霧。
「這った痕跡ってのは?」
「この霧をぐるっと回った反対側辺りかな。その辺にあるよ」
「何にしても霧を晴らしてからじゃろ。ではシズよ、行くぞ」
「分かりました」
セレナのかけ声の下、シズの詠唱が始まって。
「霧の中の祠も一緒に吹き飛ばしたりするなよ?」
「保証はしかねるのじゃ」
「そうなったらセレナちゃんに修理して貰うから」
緊張感なく……いや、この場合は緊張を隠すための軽口だな。
この会話に入ってきてないハウラは万全の警戒態勢の元、霧を睨み付けているし。
「《神風『神の産まれ出る吐息』》」
そんな俺らも、シズが魔法名を発した瞬間、瞬時に警戒態勢を取る。
スカーレットは『頭巾』を被り、俺はシエラを構えまして。
暴風を超える壊風が、あの時と同じように霧に向かって使役される。
結果、霧は吹き飛ばされ、霧の中の様子が露わになった。
俺が確認できたのは大きな滝とその付近で倒れている人間が何人か。
「大丈夫か!?」
この時、俺は倒れている人間が誰かは分からなかったし、霧だって完全に取っ払ったものだと思い込んでた。
直ぐさま駆け寄って人間を揺すり動かせばよく見知った顔の一人であり、
「ケイス!! 霧が戻ってくるのじゃ!!」
そんなセレナの言葉の意味を理解する前に、俺の視界は――目の前に翳した自分の手すら見えないほどに、深い霧に遮られた。




