聞けましたとさ
「……なぁ」
「言わないで」
唐突に告げられた名前。それは、俺が聞いたヴァイスと言う名前ではなく。
【クラミツハ・スカーレット】というフルネームだったわけで。
何故ヴァイスと名乗ったかなど、本名を知られたくなかったからに他ならず。
それを自分の母親が、ましてやヴァイスと偽名を名乗った時に傍にいた――スカーの中にいたはずなのに言われてしまっては、なんと言えばいいのか……。
「――あ、そうか、偽名か。スマンスマン。今のなし」
「母さん……もういいよ」
「泣くな娘よ。今のは確実に余の不手際よ。反省している」
気が付いたらしいノワールは、スカーレットに歩み寄って肩を抱き、俺にはさっきの取り消し、忘れてちょ☆ とウインクを飛ばしてきた。
さっきまで俺に襲いかかってきた奴とは思えないその仕草に、何だか力が抜けてくる。
「んで? 俺に襲いかかってきた理由は? ついでに、呼び出した理由も聞かせて貰おうか」
「妾達が眼中になかった理由についてもの」
「戯れか? あるいは試練か?」
セレナとハウラが露骨に不機嫌そうだし、後ろからの圧がすげえ。出来れば素早く手短に話して欲しいものだが……。
「襲いかかった理由はまぁ、腕試しよ。ある程度の動きは確認したが、その時は今のような素面ではなかっただろう? その辺を踏まえての確認よ」
「二人に向かわなかった理由は?」
「強いのなど分かりきっているからよ。およそ、余が何人いても勝てはしない。ならば、試す必要など無かろうよ」
強すぎるから相手にしなかった。
という正直すぎる感想に、セレナとハウラは確かに、と軽く頷いた。
んでもって腕試しだ? 何のために? わざわざ先代『頭巾被り』直々に確かめる必要は?
(なんか、また巻き込まれそうな雰囲気ですね、旦那)
(だいぶ臭えな! HAHAHA)
(多分、また、いつもの)
(ご主人様、め……めげないでください)
そうなるよなぁ。
「試す必要があった理由についてはお聞かせ願えるか? それとも、それは聞いちゃあいけないのかい?」
あからさまに避けられた質問を直接ぶつけ、出方を窺ってみる。
――が、
「いや、余やスカーレットでも二つ名付きのモンスターを倒せぬものかと思っての事よ。お主に勝てれば、それが叶うだろう?」
「『頭巾被り』の時に倒さなかったのか? 俺の知ってる噂が本当なら、それくらいの事はやってのけてるはずだが?」
「倒せる、と出会える、というのは全くの別よ。強くても出会う機会などそうそうにない。ケイス……だったな。そちは自身が幸運であると自覚せよ」
何か変なふうに怒られてしまった。
幸運を自覚しろ? ハウラと対面したのに生きていて、あまつさえ鱗まで貰えて。
その鱗のおかげでセレナに出会い、町を渦巻く呪いを解決出来た。
これが幸運……どころか超運と言わずに何というか。
流石に俺でもそれぐらいの自覚はあるぞ?
「自覚してるよ。下手すると、嫉妬されるくらいには幸運だとな」
「嫉妬で済むレベルではないのよ。そうよのぅ……余ならこの町に住まわせるために住居と生活費と好きな宿泊施設の無料利用権は最低でも与えるだろうよ」
「マジで!?」
「旦那、即効で食いつかないでくだせぇ。どう考えても利用する前提でしょうに」
「どうせなら女も付けて貰わねぇとな! 家があっても一人じゃ寂しいだけだぜ! HAHAHA」
「まず、兄さま、飼い慣らそうと、してるの……嫌」
「流石に少しは自制してくださいご主人様」
突然に提示された魅力的な条件に思わず飛びつこうとすれば、今まで黙っていた装備達が一斉にツッコミを入れてきた。
なんだよう……俺だって美味しい思いしたいんだよ……。
「ああ、そうか。装備達も意識があるのだった。色々と調べたい所だが――まぁ、当初の目的を果たそうか」
と、ようやく俺をここに呼び出した理由について答えてくれるようで、スカーレットの肩を抱いていた手を放すと、領主に相応しい振る舞いで俺のすぐ傍までやってきて。
「此度は我が娘をお救いくださり、感謝の言葉をいくら言っても足りないくらいです。どれ程のお礼になるか分かりませんが、宴席を設けさせていただきましたので、どうか我が気持ちをお受け取りください」
深々と頭を下げてきた。
……なまじ自分が敵に回っちまったらな。いくら相手の魔法が理由とは言え、娘と刃を交えたいと思う母親なんてそうそう居やしねぇ。
その分の罪滅ぼしもあるんかねぇ。自分の役目を――スカーレットを守るという役目を俺に任せてしまい、よくぞそれを成し遂げてくれた、と。
まぁ、言い分は分かるし疑ってもいない。
もし宴席で俺に何かしらするつもりなら、そん時は今回遊んで貰えなかったハウラやセレナが動いてくれるだろう。
「成り行きとはいえ同じ任務を受けたんだ。助け合うのは当然の事。それに、スカーレットが居ないとそもそもこの任務は始める事すら出来ていない。礼なんていらない――と言ったら嘘になるが、その宴席に呼ばれてチャラって事にしてくれ」
「そのように」
恩着せがましいのは俺が嫌だし、そんな目的でスカーレットと任務をしたわけじゃないしな。
あまり気負われるのも考えものだから、これぐらいが落とし前として丁度いいんじゃねぇの?
ぶっちゃけここの宿泊施設に泊まれたのもノワールの口添えがあっての事だろうし、それで十分恩は返せてると思うけどな。
それだけ娘が可愛いってことか。
「すでに用意はしてありますので、部屋の奥へどうぞ」
促されるがままに部屋の奥へと進み、俺は、豪勢な料理が一杯に置かれた宴席へと招かれる事となった。