誘われましたとさ
ほぐされる、というのは恐らく、こんな時にこそ使うのだろう。
マッサージをしに来た女性の指示に従いうつ伏せに。
そこから時間にして小一時間ほど。
心地よさに眠りの世界へと引き込まれそうになるのを、勿体ないからと必死につなぎ止め。
勝った……俺は勝ったぞ……。
マッサージが終わるまで意識を保つことに成功した。
「以上で施術は終了です。――こちら、ドリンクになります」
「ありがと……。ふぅ、まだ違和感も痛みもあるが、とりあえずは動くな」
ドリンクを受け取り、飲み干して。
先ほどまでピクリとも動かなかった体は、マッサージが終わった直後から嘘のように動くようになっていた。
……まぁ、動き回るなんてまだ無理だがな。
「どうする? まだ装備は預かっておくか?」
「頼めるなら。今のまま付けたらまた動けなくなっちまう」
なにより、久しぶりの装備無しの軽さなのだ。もう少し堪能したい。
――さて、体も動くようになったし、俺も風呂に……。
と動こうとしたら、誰かがノックする音が。
「どうぞー」
「どう!? 堪能してる!!?」
俺が声をかけるなりもの凄い勢いで入ってきたのはヴァイスだった。
……こいつも動けないはずじゃなかったのか? なんでこいつバカみたいに元気なんだよ……。
「おかげで体が動くようになったところだ。これから風呂」
「ありゃ、まだ風呂入ってなかったんだ。効き目凄いから期待していいよ~」
「お前見てりゃ分かるよ。あんだけぐったりしてたくせに今ピンピンしてるもんな」
「あ、いや。これは普通に寝たら治っただけ」
……。
風呂の効果……だよな? そうだと言ってくれ。
ヴァイスが若いからだとか、俺の歳のせいだとか、そんな悲しい現実を突きつけるのはよしてくれ。
「ケイスよ」
「なんだ?」
「現実を受け入れるのじゃ」
慰めてくれるのかと思ったセレナからはとどめの一撃が飛んできて。
「ケイスよ。自然の摂理だ」
ハウラからは何かを悟れと取れるような言葉を浴びる。
誰も……フォローしてくれねぇ。
今一瞬だけ、トゥオン達が恋しくなった……。
「それで? ヴァイスは何故にここを訪ねたのじゃ?」
心の中で涙を流す俺を無視し、セレナが問うたのはヴァイスの目的。
どうしてこの部屋に来たのか……と言う事。
それに対しヴァイスは――、
「あー……伝言? ちょっと請け負っちゃって」
若干歯切れ悪くそう答えた。
「伝言? キックスターからか?」
「いや、違くて……う~ん、言いにくいなぁ」
「疾く答えよ」
俺からの問いかけをかわそうとすれば、有無を言わせぬハウラの威圧。
これには流石に答えない訳にもいかず……。
「母さんが、ね? ケイスに会ってみたいって……」
ものすごーく言いたく無さそうに。
答えたヴァイスは、大きなため息を吐いた。
「嫌なのか?」
「いや、嫌でしょ普通に。何言われるか分かんないし、それに――」
「先代『頭巾被り』だからか?」
「――うん。正直な話、私ケイスに結構喋っちゃってるから、消されても不思議じゃないし……」
「おま!? 絶対やだぞ俺! つーかお前が勝手に喋っただけじゃねぇか!!」
「その辺はもう母さん本人に弁明して……。私もどうせこっぴどく叱られるだろうし……」
あぁ、こいつが落ち込んでいる理由が分かった……。
――単に母親から怒られたくねぇだけだこいつ。
「まぁ、分かった。会わない訳にはいかないだろうし、会うのは会う」
「……絶対断ると思った」
「いや、どうせ逃げられ無さそうだし」
「それはまぁ、確かに」
「けど、会う日取りは俺に決めさせろ。せめて満足に体が動かせないと命を落としかねん」
「それぐらいなら、多分大丈夫」
「んじゃ、その条件なら会うって伝えてくれ」
「はいは~い」
恐らくヴァイスにとっては、俺がヴァイスの母親と会うという言質さえ捕れれば良かったのだろう。
俺がどんな条件を出そうが、会えるのならば飲む、と予め母親が言ってたのかもしれない。
結果的に俺は会う約束をし、条件付きだがその条件もそこまでキツくない。
先ほどより遙かに笑顔になったヴァイスが部屋を出て行こうとするが、一つだけ言っとかなきゃならんことがある。
「あー、ヴァイス。待て、ストップストップ」
「? まだなんかあるの?」
「いや、条件はさっきので終わりだ。ただ……な」
「ただ……何?」
「いい加減俺を見張ってる連中をどっかにやってくれ。こんな視線の中じゃ、俺は満足に風呂を楽しめねぇ」
「――!?」
まさか気が付いてないとでも?
普段は装備達に頼ってはいるが、気配探るのは下手じゃねぇぞ俺は。
……つーかこの気配に気が付くことが母親と会える条件とかじゃねぇよな?
気が付かずにあったら即ヤられる――なんて、あり得そうで笑えねぇ。
「……装備無しでも気付くんだ。うん、分かった。母さんに伝えとく」
ほらな、どうやら俺の思ったとおりのようだ。
ヴァイスが今度こそ部屋から出て行って、少したったところで僅かに感じていた気配は消える。
これでようやく風呂にありつけるって訳だ。