ゆっくりできますとさ
目が覚めると見知らぬ天井で。
思わず起き上がろうとするが、全身を筋肉痛と疲労感が襲い、すぐにベッドへと逆戻り。
なんとか動く首で周りを見渡すと……。
どうやら宿泊施設の一部屋らしい。
間違っても病院ではない。簡素な――殺風景な部屋ではなく、泊まった人間をくつろがせる内装をしていたからだ。
そして、俺の体を守っていた装備達がいない事に気が付く。……まぁ、あれ着けたまま寝転がるのは厳しいから、誰かが外してくれたのだろう。
――呪いの装備を外すことが出来る誰かがな。
「お目覚めですか?」
俺が首を動かしたことに気が付いたのか、声をかけてきたのは……。
キッチリとした服装の女性。……が、残念ながら見覚えはない。
「今しがたな。ここは?」
「ティニンの町でございます」
お辞儀しながら答えた女性の口から出てきた場所は、ティニンという町の名前。
――『ティニン』。それは、エポーヌ国の北に位置する村であり、なんと言ってもその村の売りは温泉である。
軍の慰安目的で使用されることが多いその村は、下は貧乏な冒険者が泊まれる宿から上は綿玉が飛び出そうなほど高い宿泊施設まで。
その全てに効能は違えど温泉が通っており、一年通して客足は引くことがない。
俺も何度か利用したことはあるが、金さえあるならここを拠点に動きたいと本気で考えたことすらある。
……出来なかった理由は推して知るべし。
そんなティニンの町の宿泊施設――一体全体どうしてそんな場所で寝ているのか……。
「我が運んだからぞ」
と、部屋の奥から顔を覗かせたのはハウラ。
しっかりと俺の装備を着込んでいると、パイルバンカーを持っているときとは印象が変わるな。
槍と盾を携えている今の姿は、さながら聖騎士様だ。
「今の状況の説明を頼んでもいいか?」
俺がハウラに尋ねるタイミングで、部屋にいた女性は失礼しますと頭を下げて出て行った。
……ひょっとして高級な宿泊施設だったりするのか?
客同士の会話を聞かないように、配慮して下がるってのはどうも安い宿じゃなさそうなんだが……。
「ふむ。まぁ、よかろう。キックスターからの報酬だ。前回の報酬で渡した金額がほとんど減っておらず、ならばと金銭よりはサービスでの支払いにしたそうだ」
「サービスって……」
「今の状況だ。体を動かせないほどの疲労や消耗。それらを癒やすためにこの場所のそれなりの施設を一週間都合したらしい」
ハウラ曰く、今の処遇が今回の報酬らしく。
確かに家が買えるほどの金額が怖くなり、ほとんど手を着けていなかったのだが……。
まさかそれがこんな事になるなんてな……。
とはいえ、それなりの施設って――どんなもんなんだ?
「キックスターが要人を招くときに用意する施設らしい。ケイスとあの女子が特別優遇待遇と働いておる者から呼ばれておる」
「つまりほぼほぼ最高級の施設ね、了解」
なんというかまぁ、確かに金を渡されるよりはこっちの方が断然いい。
こんな施設、権力とコネがなきゃそもそも予約すら不可だからな。
……ところで――、
「我が子か?」
「ああ。セレナの姿が見えないが、一体どこに……」
「裏にある温泉に浸かっておる。えらく気に入ったようだ」
姿が見えないと思ったら温泉を楽しんでるのか。……なんと羨ましい。
俺も入りたいが……、
「まだ体が動かせぬであろう。そんなケイスには按摩の施術が予定されているらしい。女子も同じくな」
あぁ、ちゃんと配慮されてる……。
なんだろう、このかゆいところに手が届く感じは。
「腹はすいていないな? 食べるなら運ばせるが?」
「あー……取りあえずは大丈夫だ。先にマッサージをお願いしてぇな。何はともあれ早く動けるようになりてぇ」
「そうか。では按摩をするよう声をかけるとしよう」
と言って俺の傍を離れたハウラと入れ替わるように、温泉を堪能したらしいセレナが上がってきて。
用意されていたらしいバスローブに身を包み、全身から湯気を出してほっこりしている様は非常に羨ましい。
「先にいただいたのじゃ。……とは言っても、人数分の温泉が用意されておるがの」
「マジかよ!? え? 個々人に温泉一個なのか!?」
「うむ。あとサウナと水風呂もあったのじゃ」
一体、この施設は何人まで泊まれるのだろうか。
というか、宿泊者一人に一個ずつ温泉割り当てられるって、どんだけ引いてきてるんだよ……。
マジで高級なとこだとこうなのか……。早く入りてぇ。
「さて、目が覚めて気分はどうじゃ? 体は動くかの?」
「動いてりゃ真っ先に温泉に飛び込んでるだろうよ。今ハウラがマッサージを頼みに行ってくれてるとこだ」
「ふむ。妾もマッサージなるものを楽しみたいものじゃ。そのあともう一度風呂じゃな」
「えらく温泉が気に入ってるな」
「うむ! 魔力が濃く、全身を駆け巡ってくれる。事あるごとに入りたくなるものじゃな」
ほう。温泉とは含有魔力が豊富なのか。初めて聞いたぞ。
「失礼します。マッサージを、とのことなので参りました」
丁度俺とセレナの会話が途切れたとき、先ほどとは違う従業員の女性が部屋に入ってきて。
そこから俺の慰安報酬がスタートした。