委ねましたとさ
縛られた柱ごと持ってこられた程度で可哀想と思った事、申し訳無く思う。
あの後、もっと酷い事が貴族様の身に起こったのだが……。
本来の依頼の目的は貴族の口封じ。
薬でも、脅しでも、物理的にでも、どのような方法であれ口さえ封じれば良かった。
そして、そんな仕事ばかりをしてきた『白頭巾』の事だ、いくつか方法はあったんだろう――が。
そいつは今、無茶をしまくった体の反動で動けない。
『白頭巾』程じゃあないと思うが、いくつか方法が思い浮かんだ俺も『降魔』の影響で動けない。
――となれば、今動ける二体に頼むしかなく。
二つ名付きのモンスターかつ光の二天精霊ヘイムダルの現眷属、『聖白龍』セレナか、そのセレナの母親にして、セレナが自分より強いという光の二天精霊ヘイムダルの前眷属、『白龍』ハウラ。
正直な話、どっちに頼んでもやりすぎる以外の未来は見えず。
状況が分かっていないハウラにかみ砕いて説明してみれば、
「我に任せよ」
とゆっくりと頷いて。
――龍の姿へと戻る。
驚いた拍子に失禁をかました貴族様だが、姿を見せただけで終わらせるはずもなく。
そのままハウラは、ゆっくりと貴族様を……口に咥えた。
腕と腹と背中を牙で掴み、口の中へ落ちない程度に傾ける。
悲鳴と懇願と罵詈雑言が響く中、やがてすすり泣く声に変わった辺りで、ようやくハウラは貴族様を解放した。
「今より先を体験したくば、従来通りに悪行に励むがいい。……そうじゃな、些細な噂でも、貴様の悪い部分が耳に入れば、即座に飛んで来よう」
わざと人間の姿に戻り、俺ら人間とは違う存在であると認識させ。
「分かったようだから褒美をやろう」
一方的に理解したことにされた上でのハウラからの贈り物は……。
ただ一撃の下、素手による縛られていた柱の粉砕であり――。
現実が受け入れられなかったか、泡を吹いて倒れてしまった。
――――ほらな、やりすぎてら。
「むぅ、ケイスは我の姿を見て僅かにも恐怖しなかったというのに、随分と肝の小さい奴ぞ」
「全くじゃ。母上のどこを怖がるというのか」
倒れた貴族様を見ながら、不思議がるハウラと憤慨するセレナだが、どう考えても正常は貴族様だ。
あと俺の時は敵意なかったからな? 流石に敵意が少しでも混ざってたら、俺も覚悟決めたぞ? ……もちろん死ぬ覚悟の。
「目を覚まして、悪い夢を見ていた、なんてならないといいけど」
「起きても周りに粉砕された柱が散乱してっから、嫌でも現実だと理解するだろ。……ってか悪さより前に屋敷修復したりなんだりで、資産吹っ飛びそうだな」
「ま、自業自得の身から出た錆。薬とか売ろうとしなきゃ、こうはならなかったわけで」
「確かに。……強欲は身を滅ぼす。肝に銘じないとな」
「滅茶苦茶強い装備を身に包んで二つ名付きのモンスターと知り合いで? さらにはそのモンスターが二天精霊の眷属なのにこれ以上何を望むって? 国? 国なの?」
自戒にしようと口にすれば、ヴァイスから高速で煽られる。
いや、まぁ……言われてみりゃあ運がいい、程度で片付けられるもんじゃねぇけどさ……。
「して? 次は何をするか?」
「取りあえず依頼達成の報告をせにゃならん。――が、今俺らは動けない」
「指一本どころか髪の毛一本すら動かないー」
「体力回復に努めるか、それとも妾達が連れて行くか?」
今後を尋ねてきたハウラに返すのは、俺らの今の体の現状。
鉛以上に体が重い。呼吸すら億劫で、瞬きなんざすぐにでもやめたいぐらいだ。
そんな中でのセレナの提案する選択肢は……後者は確実に却下だ。
今なら死ねる。比喩でも何でもなく。
かといってここで休みたくもないしなぁ……。
(ツキ。――ツキ? おーい、起きてるかー?)
(ふぇ……。むにゃむにゃ――。ハッ!? ね、寝てないの! 起きてるの!)
(ツキ、涎)
(最初に『降魔』してくれたんですし、大目に見ましょうぜ。ささ、ツキ。旦那が回復魔法をご所望ですぜ?)
(は~い。まっかせてなの~)
微笑ましくなるような脳内会議のあと、鳥の羽一枚分くらいは体が軽くなったような感覚がして――。
(あれ? パパが全然回復しないの? なんでなんで~?)
(旦那の魔力が尽き欠けてる? ……『降魔』を短時間で連発すりゃあ、そうでしょうけど)
(魔力ってより、精神力だと思うがな。心身共に疲労困憊って感じだし。HAHAHA)
(一先ず、ツキをセレナ様に被ってもらいまして、セレナ様の魔力を使わせていただきましょう。このままだとご主人様が衰弱死してしまうやも……)
(んじゃ、あっしが頼んできますぜ)
宿主の意見無視して決められたが、ぶっちゃけそれ以外に選択肢無さそうだし。
実体化したトゥオンの姿を確認したあと、もう大丈夫だろうと目を閉じる。
今日は本当に疲れた……。しばらくは、面倒な依頼を頼まれませんように!
*
「順調みたいですね」
「滞りなく。しかし目論見通りに動いてくれるもので」
「そう動く人物を選んだつもりですからね。さて、こっちはいいとして、あっちはどうですか?」
「あちらはまだ時間が掛かるかと。経験も、知恵も、実力も。全てが足りませぬので」
「最終的に間に合えばいいから。――そうだね、少し、バランスを取るためにあっちに注力しようか」
「御意に」
暗闇の中、夜空を見上げながら。
一人の男が、何やら天と、話をしていた。