姿を変えましたとさ
「追加であいつを追わなかった理由なんだが――」
「何?」
プルプルと震えるヴァイスと目線を合わせ、俺もしゃがみ込んでから言うが、
「お前と同様、俺もまともに体なんて動きゃしねぇの。お前はあの『黒頭巾』で、俺は降魔で、お互い体酷使してんだろ?」
って事だ。
光の眷属の二体と違い、俺が追撃を――行動を取らなかった理由はこれ一つ。
動かねぇから。以上。
「母さんが無茶してたんだった……。あー……これしばらく無理だ~。依頼どうしよっかー」
凄くわざとらしい台詞、ありがとよ。けど、どうするかなんざ、決まってる。
依頼破棄なんて出来やしないんだ。じゃあ、頼れる奴を頼るしか無い。
「セレナ、この屋敷の持ち主の貴族探して捕まえてくれるか?」
「構わんのじゃ。どうせ藤紅か『牙蜘蛛』が捕らえておるじゃろうから、ひょいと摘まんで持ってくるぞ?」
と言うわけで、セレナへと丸投げして俺もヴァイス同様背中を壁に預けて座り込む。
正直な話、もう立っているのすら無理だ。
「よく分からんが、子はどこへ向かった?」
「あいつらと戦闘になる原因になったやつをとっちめに行ってもらった。――多分、すぐ帰ってくる」
「そうか。では我も少し待たせてもらうとしよう」
そう言うと、屋敷から除いていた龍の体は光に包まれて。
包まれた光が段々と小さくなり、人間の大人サイズまで縮小され、その光は、俺のすぐ脇へと着地する。
――ちょっと待て、少しだけいやーな予感がするぞ。
(まさか母親もなんて事……無いよな?)
(セレナ様が知らなかっただけで、ハウラ様なら分かっていると思うんですけどねぇ)
(あの子にしてこの母親あり、かも知れねぇぜ相棒? HAHAHA)
(保険、かけて、にい様、目、閉じる)
(まさかご主人様? 見たいと言うわけではありませんよね?)
脳内でも装備達が思い思いに言ってくるし、ここはメルヴィの言葉通り、保険で目を閉じとくか。
「? ――んな!? なんて格好なんですか!?」
恐らく光が外れたのだろう。慌てるヴァイスの言葉から察するに、目を閉じてて正解だったな。
「格好いい……」
は? その言葉は予想外で、是非とも拝んでみたい!
と誘惑にあっさり負け、目を開けるとそこには――。
純白の鎧と、巨大な盾を右腕に備えた凜々しい女性が立っていて。
存在感の強さから、ハウラであることは間違い無い。
――が、何というか、突っ込みたいところは結構ある。
まずは……、
「何故裸足!? そこは靴なりブーツなり履こうぜ!?」
「む、意識がそこまでいってなかった。こうか?」
俺の言葉に納得したのか、すぐに足の周囲を光に纏わせ。
生成した靴も、鎧と同じ純白のもの。
「んで次! 盾は分かるが武器はどうした武器は! セレナが徒手空拳だからって、その見た目で徒手空拳は無茶だろ!?」
セレナは身軽なワンピース姿。だからこそ、動き回る徒手空拳スタイルで戦えている。
それがハウラは鎧を着込んでしまっている。別に動き回れないとは言わないが、身軽なときと比べて体力の消耗を考えると賢明とは言えない。
一体、何を持って武器なしなんてスタイルに――。
ズガン!!
唐突に、ハウラの傍にあった壁が、煙をあげて貫通した。
その時のハウラの行動は、別に拳を振りかぶるでも、蹴りを繰り出そうとしたわけでも無く。
いや、拳や蹴りで壁を貫通とか普通にやりそうだが、今回はただ盾の先端を壁に向けただけ。
……もしかして。
「パイルバンカー、というものだ。ふむ、思ったより威力はありそうだ」
「いや、それは分かったけど……何でそれ?」
やっぱり。馬鹿でかい盾は武器でもありましたとさ。
パイルバンカー。盾の中に杭や槍を打ち出す機構を作り、その機構内で魔力や火薬を爆発させて高速で打ち出す武器。
威力は普通に石すら貫通する。鎧の上からでも致命傷を与えられる、とカタログスペックは中々のもの。
――が、それが今日までの間、戦場で流行ることは無かった。
試験運用してみて、無視できないデメリットが目立ったのである。
まず重い。これが何とも出来ない問題だった。
戦場での遅さ、それはすなわち死にやすさ。
動きが遅いだけで的になるのに、盾に特殊な機構をくっつけたこいつが重くないわけが無い。
次に残弾。火薬で打ち出すなら火薬が、魔力で打ち出すなら魔力が当然要るのだが、火薬なら在庫が数を持ち歩く事が出来ず、また、装填する時間すら要する。
魔力は魔力で、打ち出す程の推進力を得るためには、決して少なくない魔力を消費する。
だったら、素直に魔法を撃った方が賢明なほどに。
そして最後に、一体、一人ずつしか相手に出来ない点。
槍は貫けばまとめて串刺しに出来る。剣は振るえば巻き込んで切れる。
棍を振り回しても同じだし、斧や槌だって同様だ。
けどこいつは、持ち運びできるサイズとなるとどうしても小型化する必要がある。
つまり、撃てる限りがあるにもかかわらず、パイルバンカーは個に対してしか使えない。
これだけの条件があれば、誰も使わなくなるのは当然だ。
……後は聞いた話だが、反動が馬鹿でかくて一発で肩の関節が外れる程だったらしい。
んで、ハウラは何でコレをチョイスしたんだ?
「過去に一人。人間でありながらこの武器で我に挑んだ者がおった。無論、負けはせなんだが、鱗を一枚取られての。人間に扮する場合は、この武器を使おうと決めておったのだ」
「白龍相手に大立ち回りした奴が居たなんざ初耳だな」
「どこかの伝承には残っている筈だ。まぁ、幾年前か忘れたがな」
どうやらハウラなりのこだわりがあったらしい。
……白龍相手にパイルバンカーって、龍殺しの異名とかか?
まぁ、ハウラが忘れる程前の話だ。今は生きてすら居ないだろうが。
――というかヴァイス目線だとパイルバンカーって格好いいんだな。
完全な浪漫武器なんだが。
「おーーい。よく分からんが妾にも傲慢に怒鳴り続ける奴が縛られておったから持ってきたのじゃ。こいつが依頼の目標なのじゃ?」
と、セレナが戻って来たようで。
声の方を振り返れば、縛られていた柱ごとセレナの頭上に持ち上げられ、運ばれてくる貴族様のお姿が。
可哀想だから物扱いしてやんなよ……。