白から赤、そして黒ですとさ
紋章とはつまり、魔力によって描かれたもので。
ソレを切れると言うことは、魔力を斬れることと同義であり。
そんなことは、生身の人間に出来る芸当では到底無く――。
「なんなんや一体!?」
珍しく藤紅が焦る事から、どれだけな事態なのかと推測出来るのだが、それを必要とするであろうケイスは藤紅と『牙蜘蛛』の罠にかかり、セレナに至ってはどこに居るのかすら分からぬ状況。
つまりはその情報を有効に使える者はこの場には存在せず、その反応は――、
「落ち着きなよ狐! すぐに罠で捕らえて見せるから!」
『牙蜘蛛』を得意気にさせる効果しか無く。
そもそもその『牙蜘蛛』は、未だに認識できない相手をはかりかねていて。
魔力を込めて展開した罠は、起動までのタイムラグの間にやはり二分されてしまう。
何度も、何度も。
繰り返すだけ、罠は斬られ続けるが。
何度も繰り返せば、攻撃してきている存在の認識が、ここに来て確認できた。
黒の頭巾を纏い、両手にはショーテルを短くしたような得物を持っている。
頭巾となれば、先ほど藤紅が精神世界へと飛ばしたヴァイスと呼ばれていた奴も被っていたのだが、その色は黒では無かった筈で。
ならばそいつに、何かしらの変化があったのだろうと『牙蜘蛛』は理解した。
――瞬間、視界に煌めく刀身が移り。
「クソがっ!」
思わず悪態をついて、大きく後ろに飛んだ『牙蜘蛛』は、先ほどまで自分が居た足下に罠を設置する。
即座に発動、効果は拘束。
秒に満たない時間で行われたその行動は、人間の反射では反応出来ない……。
という思いは、すぐに打ち壊される。
「無駄ぁっ!!」
どこで気付いたのか、そんな言葉を発して大きく飛んだ『黒頭巾』は――、
「なっ!? うちか?」
突然に狙いを変えて藤紅の方へと向かっていき……。
「なんてな、歓迎するで」
『黒頭巾』に向けて手を翳し、そこから闇を放出し迎撃の構えを取る。
その闇に触れれば、即座に精神世界へと捕らえられる。そんな闇を……。
『黒頭巾』は特に気にするわけでも無く、闇を――通り抜けた。
「――ッ!?」
その姿を確認したときには、伸ばしていた腕は持って行かれた後で。
けれども切り落とされた腕から闇を放出し、『黒頭巾』を捉える事に成功――とはいかなかった。
またしても、ただ闇を素通りした『黒頭巾』が眼前に迫り、次は腕では無く命を奪わんとショーテルを振りかぶった所で……その動きを止めた。
躊躇ったわけでも、思いとどまったわけでも無いその行動の意味するところは――、
「ふぅ。間に合った」
安堵した息を漏らす『牙蜘蛛』の作り出した輪なの効果によるもので。
幾重にも重ねた拘束は、『黒頭巾』の四肢をがんじがらめに縛り上げていく。
人間では――いや、例え二つ名持ちの存在だろうと、身動き出来ないように。
数種類の拘束と、束縛と、鎖縛を交え、念入りに。
ようやく面と向かって顔を合わせた『黒頭巾』に対し、まず口を開いたのは藤紅だった。
「あんた何者でありんす? およそ人間とは思えへん動きしてたんやけど」
その質問への返答には、意味が無い。
そもそも、心が、思考が読める藤紅にとって必要なのは『質問』という行為なのだから。
質問されれば、口に出さずとも考えてしまう。
それを読み取るだけなのだから。
――しかし、
「ん? そうなんや。あんた、中々におもろいなぁ」
読めたような口調で言うも、実のところまるで分からなかったのだ。
いや、読めはした。
が、その中身は、被っている頭巾の色と同じ……黒に塗りつぶされていて。
捕縛されてから一切の抵抗を見せないのと合わせ、その結果は不気味でしか無く。
「蜘蛛! もっと拘束や!!」
思わず『牙蜘蛛』に命令を出す程に焦ったが――少し、遅かった。
「『認識されない』」
名前の付いた攻撃を宣言し、刹那。
確実に捕らわれていたはずのその体は、捕らえていた魔法の輪郭を置き去りに、かき消えて。
理解の追いついていない『牙蜘蛛』の後頭部へと、得物を突き立てる。
気配で気付き、背中から生えた蜘蛛の足で追い払おうとする『牙蜘蛛』だったが、それが悪手。
素直に逃げておくべきだった。
名前の付いた一撃が、拘束などに関係無く移動できるような、一撃な筈が無く。
それすらも予備動作の一環な訳で。
つまりは、そうまでしてでも逃げなければならない攻撃を、一撃を、自分が元居た場所に発生させると言うことで。
脚を回避し、拘束魔法が残る場所へと『牙蜘蛛』を『黒頭巾』が蹴飛ばしたとき……。
『牙蜘蛛』の視界は……黒に塗りつぶされた。




