とりあえずは上出来ですとさ
如何せん巨大な蜘蛛と戦うのなんて初めての経験だ。
そりゃあ、そこそこデカい程度の蜘蛛は何度も倒したことはあるが……。
流石に自分の身の丈を超える大きさともなれば話も別。
一応、経験上としては、脚の付け根とかが意外に脆かったりする……。
が、流石に塗るく光る――代名詞とも言えそうな牙の範囲内に入ることは、流石にご遠慮したい。
無駄に発達しているように思えるその牙は、今も、得物を待ちわびるかのように音を鳴らしながら動いている。
「ヴァイス! 合わせろ!!」
何に、何を。
それら一切の説明を省いた一方的な声掛けは、しかし。
視界の端には頷くヴァイスが確認できて。
思いは一緒。やれる事など……限られている。
一歩。『牙蜘蛛』との距離を離すために小さく跳んだその直後。
衝撃を足から放出し、大きな踏み込みをへと行動を転じ。
寸前までとは打って変わって、『牙蜘蛛』の懐へと飛び込んでいく。
意表でも突かれたか、俺の姿を一瞬だけ見失ったらしい『牙蜘蛛』は、そのミスをカバーするために、全ての足を開き、高速で一回転。
周囲全てをなぎ払う動きを行い、天井へと糸を飛ばした。
すんでの所で躱しはしたが、そのせいで俺の体勢は崩れており……。
天井へと逃げる『牙蜘蛛』を追うことは出来ない。
――そう、俺は。
「【心も砕く一撃】」
自らの攻撃に名前を付けた、決意の一撃。
後は拳を振り下ろすだけ、というふざけた姿勢で跳躍したヴァイスは、その拳を、現在絶賛天井へと上昇中の『牙蜘蛛』へと振り下ろす。
ヴァイスは素手で、『牙蜘蛛』は文字通り蜘蛛のはず。
しかし、辺りに響いたのは、どう聞いても金属同士が打ち合ったような音で。
拳を『牙蜘蛛』の身体へとめり込ませたヴァイスは、離れるために、その身体を蹴飛ばして宙に自身を放り出す。
少し遅れてグラついた『牙蜘蛛』が、その身動き取れない無防備なヴァイスへと脚を伸ばそうとしたとき。
俺の準備が整った。
理屈はさっきと一緒。
人間では考えられない距離を踏み込んだように。
衝撃の向きを変えさえすれば、同じ速度で跳躍だって可能……な筈だ。
トゥオンを構え、狙いは当然『牙蜘蛛』。
しかも、これから伸びきろうとする脚の関節。
チャンスは刹那。けれど、絶対に逃してはいけないその時間を。
俺は……為し得た。
「なぐっ!? き……貴様らぁっ!!?」
他の脚の長さと比べ、半分ほどになった一本を見、怒りを露わにする『牙蜘蛛』だが、残念ながら俺はヴァイスとは違うんだ。
(シズ!!)
(WWもSWもどちらも発動できます!!)
(トゥオン!!)
(でっかい氷塊、プレゼントしてやりますぜ。変に回復されると面倒なんで、切断した脚も凍らしちまいましょう)
俺は、空中でも――踏ん張れる。
落下ではなく、空を駆け。
それでいて、大地と変わらず踏みしめることが出来るシズという存在は、どう考えても大きい。
上昇を止めない『牙蜘蛛』へ。
勢い余って跳びすぎた俺からの――大人からのお仕置き……とでも言うか。
『牙蜘蛛』と変わらない大きさの、突如出現した氷塊は。
牙蜘蛛を押しつぶし、支えの糸すら容易く千切る。
慌てて支えようと、糸を吐き出す素振りを見せるが……ちょっと遅い。
糸の出口へトゥオンを突き立て、ついでに氷結までさせて、出口を完全に失わせ。
ならば、と自分の落下地点に糸を巡らせ、クッションにしようとする――が。
やっぱり遅い。
衝撃を放つインターバルは終わりを迎えていて、いつでも衝撃を出せる状況。
その衝撃を――
(ヒャッハー!! 放つのは今だなぁ!? 上は氷塊、下は衝撃。具材は蜘蛛のサンドウィッチってか!? HAHAHA)
脳内でご機嫌に爆笑を始めたシエラの言うとおり、クッションとしての糸から、『牙蜘蛛』へ向けて発生させる。
自身プラス氷塊の重さ。落下速度、そして、それを迎え撃つような衝撃の合計的な威力はというと……。
「ガハッ――」
短い言葉を残して、意識を刈り取るほどのものだったらしい。
そして、『牙蜘蛛』を通して衝撃を受けた氷塊が砕けるが……。
これ、溶かして固めたら、『牙蜘蛛』を氷牢に閉じ込められるのでは無かろうか。
(あ、その案いいっすね。少々お待ちを)
言うが早いか、地面に伸びてる『牙蜘蛛』の表面に、瞬く間に氷が張り巡らされ。
「何て言うか……本当に勝てると思わなかったんだけど?」
「勝ち……なのか? 倒せてすらいねぇぞ? 気絶してるだけだろうし」
「トドメ……いっとく?」
「刺せる自信があるならどうぞ。結果気付けになって、また暴れ出したりしたら許さねぇからな」
「やめときまーす」
『白頭巾』に戻っていたヴァイスが言ってきた軽口に、少しだけ安堵した心持ちで返すのだった。
さて……こっからセレナを探し出さねぇとな……。