戦うことになりましたとさ
「何とかなりそう?」
スカーに抱えられ、俺らの所に移動してきたヴァイスに尋ねられる。
――が、俺が知るかよ……。
「任せとけよ! もうちっとで壊せるはずだぜ! HAHAHA」
と、俺の口から発せられた言葉に、ヴァイスは一瞬怪訝な顔をするが……。
「さっきと別の人格が中に入ってる……のね。『降魔』ってのも、大分特殊よねぇ」
どうやら納得したらしい。
露骨に警戒の視線を投げてきている辺り、あまりいい方向での納得とは思えないんだがな。
(結構殴ってるが壊れないって事は、頑丈なのか?)
「そう簡単に境界が壊れるかよ相棒。アホほど衝撃加えてんだからそれももうすぐ――」
大分焦れったくなって頭の中で問いかけてみると、やっぱりもう少し待ってろと言われた――瞬間。
世界は……と言うよりは、景色が。
音を立てて……崩れ落ちた。
*
「大体、狐も過大評価し過ぎなんだよ。精神の檻を抜け出せた所で、僕に勝てるわけないじゃん」
独り言を呟きながら、ケイス達を縛る自身の糸を見上げ、紅茶を楽しむ『牙蜘蛛』。
自信の表れか。それとも慢心か。
既に勝ち誇った振る舞いをするその存在は、当然の様に知らなかった。
藤紅が一切の情報を与えておらず、また、自分もたかが人間、と見下していたために。
自身が縛ったその二人が、普通の人間とは一線を画す存在であることを。
最初に感じた異変は音。
何かが燃えるような、パチパチという音が部屋に響いた。
次いで、温度。
途端に、爆発的に。
『牙蜘蛛』が居る部屋の温度が跳ね上がった。
最後に、視界。
『牙蜘蛛』の糸――白で埋め尽くされたその視界に、赤とオレンジが侵入してきた。
「何事!?」
紅茶が溢れることも厭わず、床へと投げ捨て立ち上がった『牙蜘蛛』は、困惑しながらも、状況を判断しようと辺りを見渡そうとして――。
「――ッ!?」
唐突な衝撃を顔面に受け、不意を突かれた事もあり、壁へと吹き飛んだ。
「さぁて、言いたいことは一杯あるけど、とりあえず恨みが大量だから拳で語るね?」
耳に届いたその声は、確かに『牙蜘蛛』が縛り付けたはずの存在の声で。
見開いた目に飛び込んでくるのは、赤い頭巾を纏った存在で。
連撃……という表現が生ぬるい程の連なる攻撃を叩き込んできた。
咄嗟に脚で防ぐはいいが、一撃一撃が異様に重く。
防ぐ度に後ろへと弾かれる。
が、何とか六本の脚を駆使して防いでいると……。
「ヒャッハー!!」
ぶっ飛んだ叫び声と共に、衝撃が飛んできて。
身構えることなど出来ないその攻撃によって壁へと打ち付けられると、
「いっただきー!!」
重すぎる一撃を持った赤頭巾が一瞬で距離を詰めてきて。
壁ごと、『牙蜘蛛』を撃ち抜いたのだった。
*
「やったか!?」
「手応えはあったけど?」
『牙蜘蛛』を吹き飛ばし、吹き飛ばす時に作った穴から、警戒しながらどうなったかを確認しようと覗き見ると。
廊下には大の字でのびている『牙蜘蛛』の姿。
とはいえ、そこに近付こうとは思えないわけで。
その辺に散らばる瓦礫を一つ掴み、『牙蜘蛛』へと投げつけてみた。
放たれた瓦礫は綺麗に顔面へと命中するも。
その一撃ではピクリともせず。
本当にやれたのか、と一瞬だけ気を緩めたが――。
「あはははははははははははは」
唐突に響いた『牙蜘蛛』の笑い声。
けれども、目の前の倒れた身体からは発されていないその声に。
考えるより早く。見渡すよりも、探すよりも優先して。
今までいた場所から跳んだ俺とヴァイスの元居たところには。
巨大な蜘蛛の姿となった『牙蜘蛛』が勢いよく落ちてきた。
「君たち変だね不思議だねぇ! 面白いねぇ! 面白いねぇ!」
狂ったかとさえ思う豹変振り。
しかしこれが、『牙蜘蛛』という存在の素なのだろう。
とりあえず、と『降魔』を行ったシエラの――『衝猪撃』の能力である、衝撃波を射出する。
予備動作不要、念じるだけで飛ばせるソレは、非常に利便性がよく。
牽制、追撃、体勢崩しに反撃封じ、と役割が多彩。
再使用までに少し時間がかかるが、これを常時使うことが出来れば、あらゆる仕事が楽になるであろう、そんな能力。
それを、『牙蜘蛛』へと放っての様子見。
の筈だったが、あっさりと『牙蜘蛛』の前足で防がれて。
その動作によって出来た死角へと『赤頭巾』が飛び込むも、片側に四本も脚がある蜘蛛ならば、フォローも容易。
置かれた攻撃に飛び込む『赤頭巾』の筈がなく、渋々近くの脚へと一撃を与えて退いてくる。
「衝撃波、読まれてたな」
「一発ぶん殴ったけど、あの脚相当固いよ」
互いに感想を交わし、降ってきた『牙蜘蛛』を交わすために俺とヴァイスは左右に跳んで。
……さて、どうしたもんか。




