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砕いちまいましたとさ

 そう俺の内から響いたのを確認したとき、覚えたのは違和感。

 限りなく窮屈に俺を縛っていた糸の感覚がなくなるような。

 次いで、縛られていた箇所が無くなるような……。


「――何が?」

「ケイス!?」


 心配そうに俺を見上げるヴァイスの表情は、どこか怯えを孕んでいて。

 その瞳に映る俺であろう姿に、自分自身が驚愕する。

 トゥオンと『降魔』を行った俺には……四肢が無かった。

 もっと正確に言えば……顔しか無かった。

 それも――蒼銀に光る、狼の首から上しか。


(説明も長くなるんで旦那の身体の制御、貰いますぜ? まずはこの面倒な糸からっすね)


 俺の中に居るトゥオンが俺にのみそう語りかければ。

 俺の口は勝手に開き……空を噛んだ。

 歯同士がぶつかる音が鈍く響き――俺へと巻き付けられていた糸は、あっさりと切断される。

 ついで、


(おや? 意外とあっさりでしたね。それならばこちらも)


 と、今度は先ほどよりも大きく口を開いて――。

 ちょっ!? 顎が……どこまで……。

 開けば開くほど。

 どこまでも天を目指す上顎に引っ張られ、次第に俺の顔は段々と縦長に。

 ようやく口を開くのが止まったと思う頃には、精神世界の地平線すら望めるほど。

 いや、実際に地平なのかは知らないけどさ。


(そしてほいっと。これで全部の境界を()()()()()筈ですぜ)


 ほいっと。等と伝わってきたが、屈強な大男が自慢の武器を振り下ろすより速く。

 何なら、崖を岩が転がり落ちるよりも速く。

 ギロチンも真っ青な速度で閉じられた俺の顎は、もの凄い衝撃と余波を残して、始めの閉じられた形へと戻る。

 余波で吹き飛びそうになったヴァイスをスカーが支え、少なくとも二人は無事のようだ。

 ――と。

 ガラスが砕け散るような、乾いた音が辺りに響いたかと思えば、それまで無味暗黒の景色だった精神世界は、沸いて出てきたかのような様々な色に包まれる。

 恐らくそれらは、屋敷に居る人間の精神なのだろう。


「ケイス! あれって」


 ヴァイスが指さしたのは、チラホラに見える生物では無い風景。

 共通は装備。

 けれども、そのどれもが、回りの色と比べると、一段くすんだような色味に見える。


「俺の装備の……人格だろうな」


 役割を終えたと、『降魔』前の宣言通りに即座に降魔を解除したトゥオン。

 ほんの僅かな時間であったとはいえ、やはり『降魔』は身体に優しくないらしく。

 這いつくばったままに手足を僅かすらも動かせない状態で、唯一動く口だけでのみ、ヴァイスへと反応する。


「連れてくる?」

「出来る……なら」


 精神世界で()()の人間はまともに動けない。

 そう聞いていたからこそ『降魔』を前提に考えていたはずなのだが……。


「あ、その縛り、たった今あっしが砕いちまいましたぜ? だから言ったじゃ無いですか。()()()()()()()()()()()()()()って」


 ……本当に出来るとは思わねぇだろうよ。

 ましてやあんなに渋ってたんだからよ。


「まーと言うわけで、あっしはここでお役御免。装備達を集めれば、誰かが『降魔』をしてくれるはずっすよ。全員、ここで旦那を失うわけにはいかないはずなんすから」


 と、ここまで意気揚々と喋っていたトゥオンが、露骨に「やらかした」という表情を見せて口をつぐんでしまう。

 ……聞き捨てならない発言しやがったな?

 装備達が俺を失うわけにはいかない?

 詳しくお聞かせ願いてぇな。


「え? あ、いや……ほら。旦那がくたばっちまいますと、宿主なしになっちまうでしょ? 装備の本懐はやっぱり誰かに装備されていたいってもんでして……」


 なるほどー。納得しちゃうなー。

 目が高速で泳いでいなければな!

 けどまぁ、ここでそれ問い詰めて事態が好転するわけでも無いし。

 今度時間出来たときにじっっっっっくり聞かせて貰うとしよう。


「はぁ。とりあえずはあの装備の所行って、人格連れてくればいいんでしょ? すぐ戻ってくるから準備しときなさいよ!」

「何の?」

「さっきの『降魔』って奴に決まってるでしょうが! 他に何があるっての!?」


 言うだけ言ってとりあえず一番近そうな装備の元へと文字通り跳んだヴァイスだが――。

 その装備の人格……()()なんだよなぁ。

 ついさっきまで『降魔』を行っていたのに、またすぐに再行使出来るとは思えねぇんだけどな……。

 という俺の想像通り、普段通りの元気はつらつ無邪気なツキがどんなに頑張って、何度『降魔』を試みようとも、再び俺が『月天命(ゲッテンノミコト)』の姿になることは……無かった。

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