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無念ですとさ

「――!?」


 悲鳴はあげず、けれども驚愕の表情を俺らに向けたまま吹っ飛ぶ『牙蜘蛛』。

 流石に、今の今まで操っていたスカーが自力で掛けられていた魔法を解除して襲いかかってくるとは思わねぇわな。

 藤紅相手にはデバフを撒きつつ、そのデバフに隠すようにバフをスカーへ。

 思考を読まれないように意識は基本的にデバフに割いていたが、どうやら上手くいってくれたらしい。

 藤紅すらも驚いてくれている辺り、俺は満足だわ。


「チッ。してやられてもうたわ」


 とはいえ驚いた直後に余裕の笑みを浮かべているのはどうにも不気味でならない。

 とりあえずは、暖炉に頭から突っ込み立ち上がろうとする『牙蜘蛛』を指さして。

 どうにもならないであろうデバフを幾重にも乗せて無力化を図るが……。

 どういうわけか俺と『牙蜘蛛』の間に割って入ってきた藤紅は、


「堪忍なぁ、それはちぃとだけ厄介やねん」


 そのデバフを代わりに受けて、即解除。

 悲しいことに、二度同じデバフは効いちゃあくれないらしい。


「悲しいもクソも、それ受けたらほぼ詰みでありんすよ」


 口元を隠し、妖艶に笑う藤紅だが、その姿は彼女の背後からの一撃で吹き飛ばされる。

 未だに暖炉へ倒れ込んだままの、『牙蜘蛛』からの一撃。

 敵では無い筈の藤紅をも巻き込んだ一撃は当然、俺とスカーに狙いを定めており……。


「すまんの! 遅くなったのじゃ!!」


 どうせ俺の気配を辿って来たのであろうセレナが、窓ガラスを突き破って侵入してきた。

 ――俺の目前まで迫っていた、『牙蜘蛛』の足を吹っ飛ばして。


「? 何ぞぶつかったかの?」

「いやいやいやいや!? どう考えても何か凄いっぽい攻撃だったよね!?」


 緊張感無く会話している二人に脱力しそうになるが、露骨に表情が変わった藤紅を見て引き締める。

 絶対に何か狙っていやがる。


「役者は揃ったで! いつまで寝とるつもりや!!」


 と、急に振り返って『牙蜘蛛』へ何やら声を掛けて……。


「いらっしゃいませぇ~!! 今宵は好きなだけ踊り狂ってくださぁい!!」


 まるで糸でも付いていて引っ張られたかのように、不気味な動きで上体を起こした『牙蜘蛛』は。

 殴られた頬を引っ掻いて、まるで削っていくように。

 そのうちに見える闇で、俺らを見据えた。

 ――って闇!? 嫌な予感しか――。


「任せよ!! 闇を打ち払うのは古来より光の仕事なのじゃ!!」


 と、出てきて『牙蜘蛛』の足を吹っ飛ばした事しかしていないセレナが、胸張りながら俺らの前へ歩み出る――が。


「いい子はねんねの時間どすえ」


 片手で引っ張るような動作をした藤紅によって、セレナの意識は刈り取られる。

 ……いや、言っちゃあ何だが……何しに来てくれた。

 必死にヴァイスがセレナを揺するが、その程度で起きてくれるのならばどれだけ楽だっただろうか。

 とりあえず全員の精神面への耐性を可能な限り底上げし、何とか足掻いては見るが。


「あははぁ! ダメだよ? じっとしてないとぉ!」


 同じく何かされる前に、と動いたスカーは『牙蜘蛛』の放出した糸に巻かれて身動きを封じられてしまう。


「スカー!!」


 そんなスカーの姿を見て、糸を切ろうと短剣を取り出したヴァイスは、取りだしたままの体勢で前のめりに倒れ込む。

 

「お嬢さ……ま――」


 そんな主人の身を案じ、声を掛けようとしたスカーもゆっくり膝をついて倒れ……。


(パパ、ごめんなさいなの……。もう、限界なの……)


 俺の脳内に響くのは、ツキの無情な言葉……そして――。

 精神面のバフを失った俺は、猛烈な虚脱感に襲われて。

 さらにそこへ追い打ちの如く襲ってきた強烈な眠気に抗うことは……出来なかった。



「まぁ、一丁上がり……かな?」

「先日は精神縛っても出てきたさかい、油断は禁物やで」


 蜘蛛が餌を保存するように。

 全身グルグルに糸を巻き付け、逆さに吊った四つの塊をワイン片手に眺めながら言う『牙蜘蛛』に、藤紅は自身の失敗を忠告として、届けた。


「さっきの『降魔』だっけ? あれを行えたから出て来られたんでしょ?」

「それはそうでありんすが……」

「なら大丈夫じゃん。捕獲直前に解除されてたし、もう限界でしょ」

「それが油断や慢心なんやけどなぁ。ま、ええわ。ほな、白龍の方はもろてくで」


 どこをどう見ても隙だらけ。

 けれども、その隙を咎める存在は、今はこの場に居ない。

 そうして、首尾良く屋敷への侵入者を捕獲した『牙蜘蛛』と『狼狐妖』は、それぞれの獲物を分けて、それぞれの空間へと移動した。

 この時、スカーの背中が赤く、ケイスの手元が蒼灰色に光っていたことは、些細な光だったこともあり、また、油断からか二体の魔物は気付くことが無かった。

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