見えましたとさ
「言っとくけど、そんな長く出来ないからな!」
「気合いを見せるのじゃ。どうせ何か収獲があるまで繰り返す、苦痛は一度がよかろう?」
「何か、セレナちゃんキャラ変わってない?」
どこが? とは聞かねぇさ。ある程度予想出来るからな。
んで、結論は変わってない。
そもそも、こいつは普段は人間なんざどうとも思っていないモンスター側だ。
目的の為に俺かヴァイスが辛い思いしようが気にもしないだろう。
(そんな事無いと思うんすけどねぇ)
(相棒が気付くわけねぇだろ! HAHAHA)
(知られぬ、が、仏?)
(ちょっと違うと思いますけど……)
(? みんな何の話ー?)
脳内が騒がしい気がするが無視だ。
今はすぐ後に来る『烏の目』の苦痛を耐えるための覚悟をブレさせたくはない。
「気にするな。さて、やっちまうか」
「許可は貰ったけど、私、どういう魔法か全く知らないんだけど?」
「簡単に言えば遠くを見る魔法だよ。頭上から見下ろせるから周りの状況だったりの把握が容易だ」
「聞くだけなら負担軽そうなんだけど?」
「やってみるか? 目が焼けるかと思うほど熱が溜まるぜ?」
好意で尋ねてみれば、顔を横に逸らされてしまった。
まぁ、やらねぇわな。
「確認するぞ、今回の目的はスカーとガキが本当に繋がっていたか。――あのガキが、何をしようとしているか、漠然とでも情報を手に入れる。いいな?」
「その魔法は私達の前では、キックスターは説明すらしなかったし、スカーも知らないはず。なら、私達が屋敷を出た今、あまり警戒していないはずよ」
「そこで奴らを覗き見し、情報を持ち帰る。うむ、いい案と思うのじゃ」
「主な負担が俺に集中することを除けばな!」
「何じゃ? 男ならば妾ら可愛い女子の為ならば身体を張らんか」
「そーだそーだ」
人が念入りに目的の確認をしているというのに、茶化してきやがるこいつらに一体何をしてくれようか。
あとヴァイスは適当に合いの手入れてんじゃねーぞ畜生。
「ほれ、覚悟を決めろ。我、千里で足りず、万里を求む者。一を否定し、双眸にて、三場所を手繰る者。望は視界、高き場所から見下ろす数。我に闇を彩る烏の目を与え給え」
覚悟ならとうに決めたよ……全く。
セレナの詠唱が進むにつれて目に熱が集まっていく錯覚を覚えるが、もしかしたらソレは本当に温度が上がっていたのかも知れない。
以前使用した時を思い出し、すでに頭が痛くなりながらも、俺は目を閉じ大きく深呼吸をして……。
「『烏の目』!!」
詠唱の終了を示す魔法名を聞くと同時に、閉じていた目の両方を開いた。
*
「やー、思ったよりも上手くいったねぇ。上出来上出来」
未だ舞踏会は下で行われているというのに、一人の貴族の息子はそんなことを気にせずに二階でくつろいでいた。
ソファに沈めたその体躯の前には、二人の男が跪いている。
一人は、舞踏会を催したシズリ・ゴ・メーデー辺境爵。
そしてもう一人は……。
ヴァイスの――いや、スカーレットの付き人のヴァイスである。
一言も発さない二人を見ながら、子供は手に持ったワイングラスをゆっくりと傾ける。
当然、傾けられたグラスから中に注がれたワインが零れるが、その液体は地に着く前に何かに遮られる。
その何かに触れた瞬間に、何かに吸収されるように虚空へと消えていく。
と、それまで何もなかった空間に、今しがた消えたワインと同じ色の模様が浮かび上がった。
その模様とは、幾重にも交差し、張り巡らされた蜘蛛の巣のようで。
ワインの染み込む先を追っていけば、子供の指先へと繋がっている。
――と。
「相も変わらず、結構な趣味をお持ちのこって」
「ん? ……なぁんだ、狐か」
「何だとは挨拶やなぁ蜘蛛如きが。誰のお陰でそこに居られる思ってはんの?」
「はいはい、すごすごと負けて戻って来た分際で大きな口叩かないの。それでも負けた事実は変わらないんだよ~?」
音もなく扉から出現した狐。
つい最近セレナとケイスと愉快な装備達に敗北を期したその狐は、煽られていると分かりつつ感情を堪える。
今の自分は無策。そしてこの場所は目の前の小僧のテリトリーである。
そんな場所で戦うなど、謀狐の名を返上するに値する行為であり、故に彼女はどれだけ言われようと平静に努めた。
「好きにいいや。負けたことに弁明はせぇへん。けど、次は負けんで」
「宣言する相手が違うでしょ~? 負けた相手に言ってこなくちゃ」
「そうでありんすなぁ。ま、せやからこうしてここに赴いて――」
と言いかけた時、謀狐は一つの気配を感じた。
「――っ!?」
視線を感じて咄嗟に上を。
けれどもそこには当然何もなく天井だけが視界に広がる。
(『烏の目』……。ちゅー事は、ほんまに遠くないうちにここに乗り込んでくる腹づもりやろ。……前は負けたけどそれはそれ、これはこれや。この『牙蜘蛛』を上手く扱えば、勝てるやろ)
気が付いたのは狐ただ一匹で。
突然上を向いた事に不思議に思った蜘蛛に声を掛けられるが、その声には意地の悪い笑みだけを返して闇へと消えてゆく。
面白くない。そうとしか読み取れない表情をした蜘蛛は、指先から続く糸を経由して、先ほどから跪かせたままの二人を立ち上がらせ、普段通りに振る舞わせる。
ヴァイスの瞳に被された闇の魔法をチラリと確認したとき、ケイスは限界を感じて『烏の目』から意識を引き上げるのだった。




