また使いますとさ
なーんか僕ってついてる? 適当に縛った奴が急所みたいだったねぇ。
人間どんなに取り繕おうとやっぱ脆いなぁ。 ……けど。
あの変な鎧付けた奴は何だったんだろー? 妙に固かったなぁ。
*
「スカーが裏切った?」
突然のことで、オウム返しするしか出来なかった俺に、ヴァイスは目元を拭いながら頷いて肯定。
……いや、こいつらがどんな関係なのか知らんけどさ、結構信頼してたんじゃないのか?
「何でそう判断したんだ?」
「――ふぅ。うし、落ち着いた」
俺からの質問に返ってきたのは、先ほどまでの嗚咽でも、落ち込んだ暗い声でも無く、普段通りのヴァイスの声色。
息を吐いて、気持ちでも入れ替えたのか、先ほどとは別人のようにハッキリと喋り始めた。
「ケイス達には伝えてなかった私達側の動きがあんだけど、どーもそれを流されてたっぽいのよね。私の行く先に見たことないガキとスカーが居てさ」
ガキって呼ぶなよ……。一応貴族の息子だぞ……。
俺だって我慢してお坊ちゃんって心の中でも呼んでたのに……。
「その子供に命令されて私を襲ってきたんだよね、スカーが」
「偽物だって可能性は?」
「ないない。偽物なら私が攻撃当たるわけないじゃん」
部屋に入ってずっと泣いていたのか、床に血を滴らせた彼女の右腕は、肩口にはべっとりと血が滲んでいるし、視界に入る肌には、赤い筋が枝分かれして指先まで続いている。
避けられなかった。だから、攻撃を食らったのか。
「てっきり驚きのあまり足が止まったのかと思ったんだが……」
「その程度で動き止まるわけないじゃん。大体、ただ敵として出てこられてもちょっと厄介かな位の力関係よ?」
「でも攻撃は喰らったんだろ? 何があったんだよ」
ヴァイスの喋る内容から、思いつくような選択肢は全て消す。
その為には、多少の疑問でも口に出して潰して貰うに限る。
「連携がすっごく上手かったんだよね。私が、私との連携以上だと感じるくらいに」
「あー……」
どれくらいの仲なのかは知らないが、彼女の信頼っぷりから察するに一朝一夕の間柄じゃないはず。
その思いを打ち砕くほどに、連携が完璧だったわけか。
裏切られていないと信じたかった心は、まざまざと見せつけられた事実に砕かれた。
どんなに『白頭巾』の名が踊ろうと、中身はまだ、こんなに小さな少女なのだ。
落ち込むのも無理はない……。
――が、
「でも、キックスターの依頼なら完遂すんだろ?」
「はん? 当然じゃん! 今まで私のお世話係だったくせに、反旗を翻したスカーに鉄槌喰らわせないと気が済まないし!」
「その言い草だと貴族ボコるのおまけになってねぇか?」
「まっさかー? スカーに鉄槌喰らわすのがおまけで、あの憎たらしいクソガキを一発ぶん殴るのがメイン。貴族はついでって感じで――」
「それ優先順位下がってっからな? 大人しく貴族ボコるの優先しとけ」
「えー……ぶーぶー……」
唇尖らせてブーイングしても駄目なもんは駄目!
つうか少しくらい考えろよ……。
「貴族襲撃すんのに必要な作戦をスカーは相手に流してたんだろ? んじゃあ貴族狙ってりゃスカーと、そのパートナーとか言うクソガキも出てくるに決まってんだろ。じゃあわざわざ俺らがスカーとかに標的絞らなくてもどっかでぶつかるだろうが……」
「――それもそうか。ん、じゃあ今から貴族血祭りに上げよ?」
「落ち着けよ、なりふり構わなさすぎだろ……。大体、あの貴族のとこはまだ舞踏会の最中だぞ? 目立つなってキックスターから言われてるんじゃねぇのか?」
散歩にでも行くような乗りで『白頭巾』羽織って出て行こうとしやがって……口調だけは普段通りに戻りはしたが、内心はまだ動揺してやがんな……。
「のぅ、ケイスよ」
「ん? 何だ?」
今まで俺とヴァイスのやりとりを黙って聞いてたセレナは、とてもじゃないがいい知らせを口にするとは思えない表情で、
「妾が屋敷に入った瞬間に震えたことは覚えておるな?」
と尋ねてきた。
「まぁ。けどあの時大丈夫って言って無かったっけ?」
「確かに大丈夫とは言ったのじゃ。……が、『まだ』と枕詞を付けたはずなのじゃ」
「もしかしなくても嫌な報告か?」
「どうにも手遅れ感が否めんのじゃ」
あの時セレナは何と言っていた?
すでに捕まってしまったような感覚? そして、直接的にはまだ大丈夫?
……つまりは、
「あの時点でスカーが裏切っていた?」
「可能性としては高いと思うのじゃ」
「よく分かんないんだけど、私らが屋敷に入ったタイミングで感じたわけ?」
「うむ。屋敷に足を踏み入れた直後に嫌な気配を感じたのじゃ」
「んー……多分だけど、スカーはそんな気配悟らせないと思う。仮にも私と一緒に行動してたんだし、そんな気配あれば私が気付くはずだもの」
うーん。でもセレナの言ってる様に、俺らをおびき寄せたから敵に寝返った、つまり、気配が変わったって説のが辻褄合うんだよなぁ。
「あー……もしかしたらあのクソガキかも。上手くおびき寄せられて油断したとか?」
「なくはないだろうが、それも確率低そうじゃね?」
「でも私、連携中でもスカーの攻撃以外まともに当たってないよ? あのガキの攻撃分かりやすかったし……」
「ここで言っていてもラチがあかんし、どうせなら確認せぬか?」
「「確認?」」
確認という言葉に顔を見合わせた俺とヴァイスは、そんな方法があったかとセレナの方を見つめるが。
そのセレナは俺の方を見てニヤつくのみ。
……いや、待て。凄く嫌な予感がする。
「遠見の魔法があるじゃろケイス。『烏の目』とか言ったか?」
ほらな、やっぱりだ。
けど、それで確認が取れるならそれに越したことはねぇか。
「お、覚悟決めたのかの?」
「下手にリスク冒すより、黙って使った方が何倍か利口だろ?」
「直接行く以外の選択肢がソレしかないなら、お願い」
珍しくヴァイスからも頼まれて、俺は渋々『烏の目』を発動する覚悟を決める。
と、同時に、
「その魔法、キックスターの許可なく使用するの禁止だから、ヴァイスが許可貰ってくれよ」
面倒くさそうな事を、お返しとばかりに ヴァイスへと押し付けるのだった。