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想定外ですとさ

「まぁ、あの辺の馬鹿なら気付かないっしょ」


 セレナに注目が集まっていたお陰で、容易く皆の意識から抜けることに成功した『白頭巾』は、館を堂々と闊歩(かっぽ)していた。

 最初からどこへどんなものを仕掛けるか。それらを決めてからこうして抜け出した以上、予定以外の行動はしない。

 急ぐは不審。逆に堂々としていれば、もし見回りの兵士などが居たとしてもどうとでも言い繕える。

 そもそも、『白頭巾』として行動している以上、彼女の姿どころか気配さえ、捉える事は出来ないはず。

 だからこそ、あえて、堂々と。

 すれ違う兵士にぶつからぬように注意して、お目当ての窓ガラスへと近づいた『白頭巾』の耳に、思いもしない言葉が届く。


「何してんの?」


 と。


「――っ!?」


 慌てて振り向き、声の主を探すが、聞こえた方には誰の姿もなく。

 咄嗟に身を低くして回避行動を取った彼女の身体の上を、何か鋭いものが突き出され、風を切る音を肌で感じた。

 低くした姿勢をさらに低く。

 そのまま転がり、危害を加えようとした相手を見据えた『白頭巾』は――。


「嘘……」


 思わず立ち尽くし、言葉を失った。



 軽快なテンポの曲が終わり、現在は曲と曲の合間。

 この時間で動いた拍子にズレたり解けてしまったドレスなんかを戻す必要があるのだが、正直なところ不安である。

 一応どんな解け方やズレ方の時はこう、とレクチャーは受けたのだが、教わっているときといざ実践してみるときとではまるで違う。

 俺の方へとゆっくり歩んでくるセレナへ心の中で、どうか戻すのが簡単な解け方でありますように、と祈る。

 

「テレスよ。飲み物を寄越すのじゃ」

「動きすぎて喉でも渇きましたか?」


 予め用意していたぶどうジュースを手渡し、飲んでいる間にドレスを確認。

 ……んお!? 結構動き回ってた筈なのに、どこもズレたりしていない……だと!?


「ぷはっ。どうじゃ? どこかズレたりしておるか?」

「いいえ? どこも手直しの必要は内容に思われます」

「ふふん。そうじゃろう、そうじゃろう。出来る妾は衣装すらも自在じゃ」


 胸を張って言ってるが、恐らく俺がボロ出さないように、なるべくドレスが崩れないような動きをヴァイスが教えてくれたんだろう。

 感謝しとくぞ! 


「む、また曲が始まるのじゃ! 行ってくるのじゃ!!」

「くれぐれも転んだりしないでくださいね?」

「ふん! 妾を誰だと思っておる!」


 自信満々に鼻を鳴らし、さっき踊っていたお坊ちゃんとは別のお坊ちゃんにエスコートされ、部屋の中央へ進んでいくセレナを見送り、視界の端に戻って来たヴァイスを確認。

 『白頭巾』を着用し、どうやら周囲に気付かれぬように気配を殺しているヴァイスは、ゆらりゆらりと俺の傍へと寄ってきて。


「作戦、一時中断。緊急を要す。この音楽が終わったら切り上げる」


 と、言うだけ言ってどこかへと姿を消した。

 ……おかしい。


(何がですかい?)

(『白頭巾』ともあろう奴が、作戦の一時中断? そんなの、想定外のことが起きて失敗と同義だぞ?)

(作戦がいつもいつも上手くいくとは限らねぇだろ? 何かあったんだろうぜ。HAHAHA)

(お前なぁ、あいつが中断を言い出すような【何か】なんざ、どう考えても普通じゃねぇ事だぞ? それに――)


 ヴァイスが消える前に居た場所。そこには、たった一滴、赤い雫が垂れていて。

 気配は消せども痕跡は消せず。姿勢を崩す振りをして、彼女の垂らした血痕を、靴底に馴染ませて誤魔化すのだった。



「何があったんだよ」


 あれから踊っていた曲を終え、時間を確認する素振りを見せて、セレナへと帰ることを告げる。

 その後、主催者のシズリ辺境爵へ、舞踏会の途中だがこの後に予定があること。

 お嬢様ことセレナも楽しんでいたこと。

 今後ともお付き合いをよろしく願いたいことを伝えて、ヴァイスが手配してくれた馬車に乗って屋敷を後にする。

 途中で抜けることについてはかなり怪訝な顔をされたが、その後に続けた言葉に大層機嫌をよくした辺境爵は、分かれるときには満面の笑みで手を振り見送ってくれた。

 何というか、貴族が上を目指す理由が分かった気がするわ。

 勝手に周りが気を焼いてくれるんだもんよ。そりゃあ気分がいいわな。

 そして、馬車に揺られることしばらく。

 屋敷のあった町から三つほど離れた中規模の町へと到着し、ヴァイスが待機している宿の部屋へと出向くとそこには……。

 泣き腫らし、真っ赤に充血させた目で俺らを見てくるヴァイスの姿があった。

 枕を抱きしめ、いじけたような姿勢は今の今まで泣いていたことを如実に示していた。

 そこで俺の口から出た言葉が、先ほどの説明を求める言葉だった。


「うっ……ぐすっ……」


 けれども返ってきたのは嗚咽のみ。

 今だ溢れ続ける彼女の涙は、拭えど拭えど止め処なく溢れてくる。


「泣くだけ泣け。んで、落ち着いたらすぐに言え」


 こんな時ばっかりは焦っていても仕方がない。

 ベッドの上から動きもしないヴァイスの元へと近寄って、ゆっくりと頭を撫でる。

 さらにボロボロと涙が溢れるが、それでも俺は、撫でるのを止めなかった。

 結局、それから泣き止むまでに結構な時間が経ち、ようやく何があったかを口にしたヴァイスは――。


「スカーが……裏切った」


 衝撃的な事実を、口にした。

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