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こっちはこっちですとさ

(どうかしたんですかい旦那)

(いや……気のせいか?)


 一瞬視線を外した時には、俺らの方を見ていたお坊ちゃんの姿はどこかへと消えていた。

 警戒も兼ねて周囲をぐるりと見渡したが、もうどこにもそのお坊ちゃんの姿を確認することは出来なかった。


(何か気になることでも?)

(妙にこっち見てる坊ちゃんがいてな。他の奴らみたく、好奇の目でもなかったし、かといって嫉妬や怒りってのとも違っていた。本当に、ただただ観察しているような視線だったんだよ)

(それのどこが気になったんだ相棒?)

(考えて見ろよ、今回の舞踏会の参加者で、恐らくセレナの地位は上から数えた方が早い。なら、他の奴らみたいに媚売ったり、気を惹こうと考えないか?)

(でも、それ、露骨に、セレナ様、相手に、してない)

(どんな会話してるのかを聞き耳立てずに離れてるのがおかしいって言ってんだよ。そもそも今のミッションは、まずはセレナに注目を集めてヴァイスを動きやすくするってものだ。一人とはいえ、セレナに釘付けになってくれてないと困るんだよ)


 そう、出来る限り不安要因は取り除いておきたい。

 が、残念な事にその不安要因を見失ってしまっており、セレナの側を離れるわけにはいかない俺は、探しに行くことは叶わない。

 そして、そうこうしているうちに、


「皆様、本日は我がゴルト卿の屋敷にご足労いただき、誠にありがとうございます。ささやかではありますが、飲み物や料理は楽しんでいただけているでしょうか?」


 大広間の入り口付近。

 そこで声を上げて感謝の言葉を口にするのは、当然この舞踏会を開催するシズリ辺境爵だ。

 その声を聞いて、セレナの周りに居た者や、セレナは(なび)かぬと諦めて、交友を広げに他の貴族達と会話していた者含め、全員が辺境爵の方を向いた。


「舞踏会の準備が整いましたので、会場の方へ案内させていただきます。会場に着き次第、直ぐに始まりますので、勇敢な紳士は傍に居る姫の手を引いてエスコートを!」


 待ってましたと言わんばかりに周囲に陣取っていたお坊ちゃんズがセレナの手を取ろうと伸ばすが――。


「ほぅ。そなたが妾を導いてくれるのかや?」


 残念な事に、誰から手を握られるよりも早く、セレナは自分から予め当たりを付けていた貴族の一人の目前へと手を差し出した。

 当然、反応に困ったように固まるが、千載一遇のチャンスとばかりに、差し出された手を掴んでゆっくりと引き寄せたお坊ちゃんは、辺境爵の後に続いてダンスホールへ。

 俺たち護衛や世話係は、全ての貴族達がダンスホールへ入ったのを確認してからしかダンスホールには足を踏み入れることは出来ない。

 妙なしきたりだが、それが奴らの大事にする身分差なのだからしょうがないと言えばしょうがない。

 ――――そして、こっからは俺も気を引き締めねぇとな。


「失礼、先ほどから拝見していましたが見事な振る舞いですね?」

「仰っている意味がよく分かりませんが?」


 そうら来た。いきなり褒めて相手を持ち上げる所から始まる騎士のヘッドハンティング。

 護衛さえいなければ、なんて恐ろしいことを考えてるとは言わないが、騎士のお陰で地位を上げた貴族だって多数居る。

 しかも今の俺の状況みたいに、娘を預けられるほどの信頼を持った騎士というのは、どう足掻いても有能に見られてしまうものだ。

 ……全部設定だし、嘘だから俺が有能ではない。

 というか普通にセレナの方が俺より強いし、ぶっちゃけあいつに護衛とかいらないし。


「お嬢さんを守るお姿ですよ。周りやお嬢様に配慮しつつも、決して周りへの警戒は怠っていない。しかも主催者の辺境爵殿のお姿が見えた途端に警戒を解き、気を許しているとさりげなくアピールしていましたよね?」

「どうでしょうね。案外、それが私の限界だったのかも知れませんよ? 警戒を維持する、ね」


 あぁ、自分で意識して喋っているとはいえ、気持ち悪い口調だ。

 全身がかゆくなってくるぜ……。


「貴方さえよければ今の貴方が受けている待遇より、もっとよい待遇で我が屋敷へお招き致しますよ? いかがです?」


 色んな人間を見てきたから分かるが、こいつ、結構慣れてやがるな。

 褒めるだけ、持ち上げるだけなら誰だって出来るし、そして、それが引き抜きに有効化と言えば残念ながらノーだ。

 しかしこいつは、言葉の端端から一つの意思が伝わってくる。

 俺を認めている、という意思が。

 貴族なんてやつの生活は知りもしないが、どうせ貴族やそのお坊ちゃんお嬢ちゃんにこき使われるんだろう。

 自分の功績は、自分を雇っている貴族の名声へ。

 苦労や努力を惜しめば解雇されるだろうし、貴族を敵に回してしまえば再就職すら見つからない。

 誰しもが認められたいが、それを口に出せば弱みとして使われる。

 こいつは、そんな騎士の思いを把握した上で、こうして声を掛けてきているのだろう。

 …………残念だったな。俺は貴族でも何でもないんで、貴族のしがらみとかとは無縁なのさ。


「すみません、今の勤め先は、決して裏切れない所なのですよ。向こうがどう思っていようとも」


 毒で死にかけた俺を救い、なんやかんや巻き込みながらも俺を気に掛けてくれる存在を、どうして裏切れようか……。

 何度か死にかけたなそういや……。一回ぐらい許されるんじゃね?


(旦那!? 意思が弱すぎやしませんかい!?)

(冗談だよ! 本気にすんな!!)

(笑えない冗談は、冗談とは言いませんよ?)


 ダメか、それぐらいしてもいいかと思ったんだが……。

 と、全員ダンスホールに入ったな。俺も中に入るとしよう。

 すでに周りには、護衛などの姿しかなく、しかもすでに何人かはダンスホールへと入っていた。

 すぐさま俺もダンスホールへと足を運ぶ。

 ……俺に声を掛けてきた奴を一人、置いてけぼりにして。

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