必要ですとさ
店員から閉店時間が近いことを告げられて、ようやく悩みまくったドレスを購入したヴァイスは、セレナ共々自分の背丈に合うように調整するよう注文を付けて店を出る。
支払いはあの冒険者証を掲示して、勝手に引き落として貰った。
現金を持たなくていいのは楽なんだが……どれくらい使ったかが全く把握できないってのはちょっと怖いな。
「さて、ドレスが仕立て上がるまで少し時間がかかるわけだけど、今のうちにセレナちゃんに舞踏会で必要な知識だったり、踊りだったりを学んで貰いたいかなーと」
やっぱり俺の家で、何故だか集まることになり、その居間であぐらを掻いてそんなことを言いだしたヴァイス。
まぁ、確かに必要だろう。
問題は、セレナがすんなり覚えようとするかなのだが……。
「今回の依頼に必要なのであろう? なんだって覚えてみせようぞ!」
と、俺の懸念とは裏腹に、妙にやる気なセレナ。
……教わり始めてその気持ちが揺らがないことを祈るよ。
「ケイスさんはケイスさんで従者としての立ち居振る舞いを……」
「分かってるよ。けど、俺の装備は脱げないからな? お世話係じゃなく、護衛の騎士とかってスタンスにして貰わないと違和感バリバリだぞ?」
こっちはこっちで、お嬢様を演じるセレナを守る守護者を演じなければならない。
そもそも貴族の舞踏会に呼ばれた際の作法なんか知るはずも無い。
ならば、俺もセレナと同様に学ばなければならない事は必然。
……というか、こいつらなんで貴族の舞踏会の事を他人に教えられるほど理解してるんだ?
「存じておりますよ。元よりその舞踏会は騎士様達も参加されます。……最も、騎士をヘッドハンティングするような場でもありますので、あまり油断なされませぬように」
「こんなおっさん騎士欲しがる奴らなんざ居やしねぇだろうが」
「ケイス様というよりは、その装備目的も可能性として有りますので」
庭へ出て、何やらステップのレッスンを始めたセレナとヴァイスを尻目に、スカーの言葉に眉をひそめる。
「こいつらがどっかで噂になってるってか?」
んな馬鹿な。そう笑い飛ばすはずの言葉は、
「はい。現に私達も、ケイス様の装備する一つを求めていた事がありました」
スカーの言葉で打ち消される。
……『白頭巾』が本気で狙ってきたら、死ぬ自信しか無いが?
「どの装備か聞いても……いいか?」
「どんな場所も歩けるとされる靴。『ヴィザル』と呼んでいたのですが、どうにもケイス様の装備している靴がソレのようです」
朗らかに笑うスカーだが、俺はいつ襲われるかと冷や汗かきまくり。
気のせいか笑顔の端に殺気が込められているような……。
「まぁ、今現在は我々と同じくエポーヌ国には居なくてはならない存在となったので、殺して奪い取るなどとは致しませんが――」
「当たり前だ! されてたまるか!」
「……では、まずは屋敷に入る時のマナーから参りましょうか」
今度は殺気を込めずに笑顔で言ったスカーに不安を覚えつつ、俺は依頼達成の為に仕方無く貴族のマナーについて勉強をし始めた。
……まさかこの年で勉強するハメになるとはなぁ。
*
「菓子が焼き上がりましたので休憩を取られてはいかがですか?」
香ばしい香りを漂わせながら、メイリンが紅茶と一緒に焼き菓子を持ってくると――、
「取るのじゃ!! と言うか動き続けで疲れたのじゃ!!」
一番遠い位置に居たはずのセレナが、誰よりも早い反応でメイリンへと突撃してきた。
その後からヴァイスも中へと入ってくる。
「やー、セレナちゃん飲み込み早いから教えるの楽しくてね~」
「ケイスさんも一度教えた部分は完璧ですよ。これだと、かなり余裕を持って動けますね」
二人から称賛の言葉を受けた俺らだが、ハッキリ言ってセレナはともかく、俺は思いっきし不正を行っていた。
と言うのも、
(にい様、私を、頼りすぎ)
文章を一目見ただけで完全記憶出来る優秀な鎧が居るわけで。
それは耳にしていても同じ事だったらしく――。
教えたことを理解しているか、確認のためにスカーから聞かれた質問に苦戦していると、ボソリと脳内で答えを言ってくれたのだ。
ありがたい助力に感謝しまくりつつ、呪いの装備の恩恵を受けまくりながら勉強をしていた次第。
まぁ、間違えさえしなきゃいいんだから大丈夫だろ……。
「!? これおいっしー!」
メイリンの作った、ワッフルに果物や生クリームを載せた焼き菓子を頬張るヴァイスは、無邪気に笑顔を輝かせながら感想を漏らす。
「うむ。美味なのじゃ」
ヴァイスと違い、ナイフとフォークで一口大に切り分けながら食べるセレナも美味だと主張するが、これじゃあどっちがマナーを教えてるんだか分かりゃしない。
俺もセレナ達と同じく焼き菓子を食べながら紅茶を楽しんで。
少しの休憩を挟んだ後、またそれぞれの勉強を再会するのだった。
…………ヴァイス達は夜飯を平らげた後、ようやく自宅へと帰った事を追記しておく。