やつれそうですとさ
とんでもない作戦を聞かされた翌日。
俺はセレナを連れて、街のとある一角へと来ていた。
そこは、言うなれば境目。
俺たち冒険者や商人、いわゆる庶民的な存在が行き交う街と。
貴族や国の役人達という、権力者が生活する区域。
そこをどこから線引きするかと聞かれれば、それはみな誰しもが俺の立っている場所以外には無い、と応えるような場所。
そんな場所で、見た目は年端もいかぬワンピースを着た幼女の手を引いた冒険者のおっさんが佇んでいれば、まぁ通報案件な訳で。
身分とこの場にいる目的を告げて、俺を取り押さえに来た衛兵に事情を説明する。
『とある依頼で必要になる物を買いに来た』、と。
そう言えば、身分を示す為に提示した特別な冒険者を踏まえ、納得してくれるのだ。
…………とはいえ、俺の傍を離れようとはしないが。
「ごめんごめん、待ったー?」
状況が違えば、恋人との待ち合わせに来たとも思わせるような言葉だが、生憎ヴァイスは走るどころか急いでる様子すらなく。
欠伸をかみ殺しもせずに俺へ向けてカマしている有様。
お前さ……時間とっくに過ぎてるぞ……。
「待ちわびたぞクソが。……と言うわけで衛兵さんご苦労さん。俺の待ち人はこいつらだよ」
ヴァイスの三歩後ろを、影のようにピッタリとくっついて歩いてきたスカー共々指さして。
俺がこの場に留まっている理由が無くなった事を報告する。
すると衛兵は、俺とヴァイスとを何度か交互に見た後に、敬礼をして去って行った。
……俺の人生の中でも無駄な時間上位に食い込むような時間だった。
「っと、んじゃあ早速行こう。思ったより時間遅いし」
「誰のせいだ誰の! こんな待ちぼうけくらうとは思いもしなかったぞ!!」
「ごめんごめん、ちょっと色々もたついちゃってね」
屈託の無い笑顔を向けてそう言うヴァイス。
深い詮索は無し。こいつら下手すると何するか分からねぇし。
「んで? こんな所に呼び出してどこ連れて行こうってんだ?」
「やだなー、ドレス買うに決まってるでしょ?」
あっけらかん、と。
そう言ったヴァイスは、スキップをしながら歩き出した。
思わず唖然として動けなかった俺とセレナだが、
「ケイスさん? 早く来ませんと置いて行かれますよ?」
とのスカーの声で我に返り、ヴァイスを追いかける。
ドレスったって……流石にセレナには似合いそうもないんだが……。
*
「ん~……こっちの方がいいかな? ケイスはどう思う?」
「ん? ――――いいんじゃないか?」
「ダメだよケイス。女の子との買い物で生返事なんてしたら。好感度駄々下がりだよ?」
「もうかれこれセレナのドレス選ぶのにとてつもない時間掛けてりゃ生返事にもなるだろうよ」
通説として、女性の買い物の時間は長い。
冒険者にとって、時間はいくらあっても足りず、浪費はすなわち死を意味することさえ有る。
今まで買い物に時間を掛ける、という冒険者にとっての愚行をしたことがない俺にとって、この買い物の時間は苦痛以外の何ものでもない。
「しかしヴァイスよ。どのドレスとやらも重くて動きにくいのじゃ。付いているフリフリは邪魔くさいし、もっと動きやすくて軽いものは無いのじゃ?」
「ドレスの存在意義全否定ありがとう。でもこの服は戦闘用じゃないから、カワイイの選ぼうよ」
着せ替え人形化しているセレナも、ゲンナリとした顔で言うが、顔を輝かせながら次々とドレスを持ってくるヴァイスは止まらない。
「なぁ、もしかしてヴァイスって滅茶苦茶買い物好きだったりするの?」
「はい。初めて行く町などでは、真っ先に買い物の時間を三日ほど設けるほどです」
疑問に思ってスカーに聞くと、今の数倍の時間を買い物に費やすことを聞かされて余計にゲンナリする。
これ、むしろさっき遅れてきてくれた方がありがたい事だったんだな……。
「ん~……。まぁ、これで妥協かなぁ」
ようやく満足したらしいヴァイスは、妥協という恐ろしい言葉を吐いて納得した。
ヴァイスの前には――。
白を基調とし、アイボリーやピンク、薄い黄色などのパステルチックな色で作られ、至る所に花の刺繍が施されているドレスを着込んだセレナの姿が。
純真な空気を纏い、気品な感じを漂わせるセレナとドレスの組み合わせは、思わず息を飲むほど。
こう言っちゃあ何だが……。
「馬子にも衣装……てか」
「蹴飛ばすぞ、ケイスよ」
どうやら中身は変わらずセレナのままで、妙にホッとした自分がいる。
「とはいえなるほど。このドレスとやらは確かに悪くはないのじゃ」
姿見の前に立ち、自らの姿を、身を捩って確認するセレナはポツリと漏らす。
「でしょでしょ!? 素材は申し分ないんだから、こうすれば周りとの違和感も無くなるのよね!」
周りとは恐らく潜入先での事だろう。
というか舞踏会に侵入したとして、一体何をどうすると言うのか。
そういや俺は何も聞いてないな。
「なぁ、ヴァイス」
侵入後の作戦を聞こうとヴァイスを呼んだ時、
「んじゃあ次は私のドレスね!」
思わず言葉を失う台詞を吐いて、ドレスを見繕いに駆け出してしまった……。