8話 ダンジョンの新種スライム
魔剣を踏み台に飛び上がる。その後双剣を構え襲いかかるゲルを裂きながら中へと侵入していく。
……が、そんな甘いものじゃなかった。
核の中にいたその人型は時期に形を確かな物に変えて行く、その姿は中に入ったまま出口が閉ざされ、結局危うい状況に陥った俺を見て居るようだった。
「私は……誰なのかわからない……」
赤黒いゲルの中、その少女の姿に身を変えたスライムの核のそのまた核は確かにそう言った。
下級の魔物であるはずのスライムが、そう言った。
そんなもの俺にだってわかるわけが無い。そう言い返したかったが何せ此処はゲルの中。奴の体内だ。と言ってももう魔剣を忍ばせている為、この状況も直ぐに終わるのだが。
核はフェンリルと魔剣により三度目の爆散を果たす。その時にゲルからの脱出を試みた。結果、難無く降り立つことは出来たがその少女の姿は無い。
侵入して分かったことは人語を話すことや姿形を変えられると言ったところだろうか。
「痛い……」
……。
少し遅れてベタリと床に引っ付く。ついでに姿や色は変えられても質感等は何も変わらないということはなんとなく分かった
そうして形を整えて立ち上がると、少女は構える。
「これ以上やるなら私も本気でやるから」
奥の宝が眠る扉が大きな音を立てると同時に少女の右腕から、ゲルが溢れ出ると右腕が刀のような物質で覆われる。どうやら討伐は出来たらしい。
どうやらお怒りのようだ、髪の毛となる物が逆立っている。さっきの赤黒巨大スライムの方よりも何故かそれっぽく見える。
魔物と言うには実に可愛らしい見た目だが惑わされてはいけない。コイツは紛れもない魔物だ。だがもう殺す理由が無いっちゃない訳だがどうしようか。
「待て待て、何も倒そうってわけじゃないんだ。ほら扉は空いてるしさ。俺は宝を取れればそれでいいが……」
「……そうなの?」
「そうなの」
謎の会話の後に「なんだ」と胸に刃物のようなゲルにより造られたそれを当てて一言。ただそのまとわりついた刃物は元に戻らなかった。
「じゃあいいか?」
「なら尚更いけないかな。私だってここに誰かが入ってきたって言うのは初めての体験だし色々と聞きたいから……」
色々聞きたい……か。俺が教えられることと言えばこのダンジョンに二度、今回を含むと三度目だということぐらいしか無いが。
ほんの少し悩んでいただけで両腕に刃物をまとわりつけた状態で物凄く速く走ってくる。その眼は殺意と言うには別の物だということを直感で悟る。
「待て待て!!」
右腕は首を跳ねるかのようにに振られ、左腕は下半身を切り落とすように。両腕を交差させるように襲いかかる。
咄嗟に後方へ下がり、更にもう一歩下がり間合いを取る。が、武器は取らない。そのついでに魔剣を手元まで運び、収納する。
「……かなり温厚なんだね」
「まぁな。で、何が聞きたいんだ?」
驚きを隠せないかのような顔で見つめてくる。その後その少女兼スライムは両腕の刃物を人間の腕の形状へと戻す。
「私の名前や……生きている理由」
わかるわけねぇよ。ちょっとこのダンジョンに思い入れがある程度の俺がわかるわけねぇよ。
「そ、そうか? すまん。わからない」
「だよね」
わかんないことを知って聞こうとしたのかコイツは。
「ご主人様? どうしますか?」
子犬のような姿に変化したフェンリルが近寄り、話しかけてくる。
「何をだ?」
「彼女を置いていくの?」
「あるいは……だな」
別にあちらがいいと言うならば無駄にスペースが有り余った俺の家でいてもらっても構わないからな。
「で、行く宛もないのだろう?」
少女は首を縦に降る。
そりゃあそうだろうな。討伐した責任もある訳だから此処はしっかり責任を持ってやるべきだろう。殺し損ねたというか……殺す程の勇気を持っていなかった俺に対しての戒めでもあるからな。
「なら俺の家に来るといい」
「何が目的ですか……? この身体ですか?」
「違う違う!! スライムってのはよく分からない部分が多いだろう? 君は新種っぽいしその解明にもなるかなってさ……ははは」
一瞬で思い付いた嘘で身を守りとりあえず納得してくれそうな返しを言い放ったつもりだが思い返せばそこまで身を守れてはいないという。
「分かりました。私も私について知りたいところですし。此処は一つ手を取り合いましょう」
少女はすたすたと歩いて来ると右手を差し出した。
「あぁ、そうだな」
俺はその手を取る。その感触はスライムとは違った実に柔らかいものだった。
次の瞬間、スライムは右手をゲル状にし、俺の手から通り抜けると首後ろに腕を掛けて抱きしめるかのようなポーズをとった。
体やそれこそ胸が隈無く俺の胴体に絡みつくかのような感覚に陥り、身動きが取れ無いほどの幸せな何かに包まれた。
「ご主人様!?」
フェンリルが後ろで驚きのあまりに殺意を隠しきれていないのを背中越しにだがひしひしと感じる。
「あむ」
耳たぶを暖かいそれも少しトロっとした何かに挟まれる。
「ひっ」
スライム少女の口。それが今とてつもない程の至近距離で今、俺の耳たぶをハムハムしていた。ただ、嫌な感じは一切しない。
「貴様ぁ!!」
「挨拶ですよ……そんな深い意味はございません。それとも嫉妬なさりましたか?」
そうは言うが俺から離れようとはしていなかった。
「わ、私だって人間の姿になれたら今頃ご主人様も私にメロメロになるはずだから!! ぐぬぬ……」
謎の……睨み合い。神獣フェンリルと新種スライムの……恐らくこの状況を目の当たりにしたのはこの世界では俺が初めてでは無いのだろうか。
「それはいい。とりあえず宝だ」
俺はスライム少女の肩を両手でゆっくりと突き放すようにして離れさせ、宝が待つ部屋へ向かう。
そこにあり、特に大きく目立った物はその刃渡りが恐ろしい程長い謎の武器の存在だろう。その波を打つかのようにして出来た刃の光沢具合い、また何処からか感じられる危うげな力が魅力的だ。しかも丁寧なことに鞘まで用意してあるようだ。シンプルな構造の筈なのに何処かかっこいい。
「これは妖刀ですね……」
「妖刀? 初めて聴く名前だな」
「使用者の妖気を……この場合でしたら魔力を吸い取るのでしょうか、あるいは斬った相手の。どっちにしろ魔力を食べることで強くなる武器です」
……ほうほう。魔剣とはまた別物って言うわけだな。かなり真っ直ぐな、いや、少し曲がっているか? それもまた味が出ている。なんてかっこいい武器なんだ。
是非とも鞘と同じようにしまっておきたいものだ。それも腰辺りが良いだろう。
「よし、決まった。左側にあった白い両刃剣、双剣の片方を右の魔法陣と合併させ、そして空いた左側にこの妖刀を収納する」
そう言った後、その妖刀を手に持ち左腰に収納した。