1話 ダンジョン報酬はフェンリル……?
長い間ランプの蝋燭に照らされ、特に何も無い一本道を歩いて来た俺はふとその歩みを止めた。
目の前には装飾が施された古びた石造りの扉がずっしりと構えていた。俺は一つ深く呼吸をし高まる気持ちを抑え込み、その扉を力強く押す。
ぎいいっと重々しい音と共にその扉は開かれる。いよいよ決戦の時だ。
開けたその先に広がる空間はやけに広く、ただそれでも収まりきらないかのような巨大な威圧感を放つモンスターが潜んでいた。
一見とてつもなく大きい狼だ。その狼は大きな牙を剥き出し、白と蒼の毛並みをボサボサにしながら鋭く青い眼でこちらを睨みつけている。そして前後の足には黒ずんだ鉄の輪が嵌められていた。
「グアアアア!!」
耳が割れるような雄叫びと共にそれは青い残像を残し飛びかかってきた。
咄嗟にその大きな身体に備わった爪による攻撃を強固な盾により受け流す。そして受け流した際に生じた隙に、一つ突きを加えた。
「グルルル……」
その狼は俺から遠ざかると突きを加える前よりも物凄い怒り……この場合は殺気とも呼べるオーラを纏い、睨みつけてきた。
俺は重い盾とランス、その両方を手から離し、一時的に収納する。そうしてから俺は両手を両腰に当て、ゆっくりと引く。何も無かった両手は刃渡り40cm程度の右手にある物は白く、それとは対照的に左手にある物は黒い色をした両刃剣を握り締める。
俺の能力の一つの全身魔導収納庫。身体のどの部位にも魔法空間に繋がる魔法陣を作り出すことが出来、そこに大きさ問わず無機物ならば一つの魔法陣につき二つ収納できると言ったもの。また、衣類の上からでも能力は発動できる。今さっき俺が使っていた盾とランスは背中にある魔法陣に収納され、その代わりにこの双剣を持っている訳だ。
「グアアアアアア!!」
物凄い雄叫びと共に突進してきたそれを避け、左の前脚に付けられた錆びた鉄の輪を二回に分けて思いっきり叩き壊した。
一目見た時から何となく察していたことが多々あった。その一つがこの巨大な狼を縛る脚に付けられたこの黒ずんだ鉄の輪だ。これにはモンスターを凶暴化させる効果のある物で、付けられたモンスターは誰彼構わず襲う様になる。即ちこのモンスターには一切の罪は無いと言っても過言では無いだろう。
再びその両手に持った双剣を手放し、次は左の手の甲に右手を置き、ゆっくりと引く。
「さぁ来い」
その左の手の甲から取り出された物の片方の先は鋭く、片方の先は平たく出来た、かなり重量感がある、更に金の装飾が施された豪華なハンマーだ。そのハンマーをしっかりと両手で握り、姿勢を低く保ち構える。
来た……!!
同じように突進攻撃を噛ましてくる。が、今度は避けない。
そのまま前脚の残った鉄の輪をハンマーで一撃。その後反動を利用し姿勢を保ちながら半回転するかのように後ろの左脚の輪も破壊。
「あと一つか……」
この狼、恐らく生物名的にはフェンリルと呼ばれる神獣だということは間違いない。ただやはり地上では絶滅したとされる物であるが故に俺も実際この手のモンスターと戦うのは初めてだ。
これだからダンジョン攻略って言うのは面白いしやめられない。それにここまで手の込んだダンジョンだ、きっとこの先の部屋にある物は強力な武器だろうな。楽しみだ。
フェンリルは俺の周りを距離を保ちつつ円を書くように回る。
「来る気配は無さそうだな」
獲物の観察と言ったところだろうか。
両手からそのハンマーを放し、両の手の平を合わせ、素早く引く。するとそこからは両の先が棍棒の様な打撃系の攻撃系統を得意とする形状の長い棒が取り出される。色は黒く、中心部から紅い線が細かく先まで伸びている。
その棍棒を狙いを定め床に向け突き刺すように振り下ろす。
フェンリルの右の後脚へと現れた赤い線の無い同じ形状の棍棒が輪に当たり、砕けた。
これは転混と呼ばれる失われた技術で作られた武器。狙いを定め、どちらかの棍棒の先に振動を与えると、地面、空中、何処にでももう一つの棍棒を召喚することが出来、それにより攻撃を可能とする武器だ。
「グアアアァ!!」
全ての輪が除去され、威圧感を放ち続けたフェンリルは床に這う事になった。
しばらくもしない内に扉は開かれ、大量の金等の宝と共に一際目立つ宝箱が置かれていた。
「これで攻略判定か……」
俺は振り返る。が、そこにフェンリルの姿は無かった。
「……そうか」
消滅したとかその類か、或いは……
この何故か舌を出し尻尾を振っているちっこい犬になったかだ。
俺はひとまずこの犬を無視して宝のある部屋へと入るとすぐさま宝箱を開けた。
待望の宝箱の中には武器とは到底思えない首輪が入っていただけだけで他には特に何も無かった。
いや、財宝はあるのだがそれは俺が求めるものでは無い。
「……この犬に付けろって言うのか?」
「ワン!!」
フェンリルの威厳なんぞあったもんじゃない。だがこのまま放置していたらそれはそれでこのフェンリルと思わしき犬は孤独の中で生きるようになるのか。それはなんか可哀想にも思えるな。
しばらく考えた挙句、俺はその首輪と犬を抱えてダンジョンから離脱するべく、来た道を再びランプで照らしながら戻ることにした。