第43話 招かれざる客
姫さま時代は一日三食だった。黒塗りの漆に金彩の施された椀に入った白い米、何膳もある豪華な食事。食欲が無ければほんの少し箸を付けただけで下げられていった、山海の珍味を並べ、贅を尽くした料理。
だが今では一日二食、粟や稗などの雑穀に大根・蕪などの野菜、野草を入れた粥と青菜の漬物を少々の朝食を、仕事場に出かける前に慌しくかきこむ。もう一食は、仕事が終わって取る、やはり雑穀の粥と漬物の夕食。でも今の菊にとっては、その貧しい食事が何よりおいしく大切なものであり、中でもにぎやかに皆と囲む夕餉の膳は何ものにも代えがたい楽しみだった。
共に甲斐から逃げてきた人々は性別も年も身分もバラバラだった。今まで親しく口を利いたことも無い、いや、この身分が絶対な時代に、口を利くことさえ許されないような低い身分の者も混じっていた。
でも危急存亡の折、夜陰にまぎれ逃げ去る機会はいくらでもあったというのに、菊と運命を共にしようとついて来てくれた者たちばかりだった。
(何があっても)
彼女は決心した。
(この人たちと共に居よう。この先、どんな運命が待っていようとも)
本当は、武田の嫡子たる達丸と後見の菊は、食事を別にとるべきだった。でも何しろ家が小さいので、菊が皆と一緒に食べると宣言したのだ。松が何か言うかと思ったが、今回は何も言わなかった。座る場所だけは達丸と菊は部屋の一番奥に座ることにした。
皆色々なところに働きに出たので、夕餉の話題は自然にそれぞれの職場の話となった。どんな仕事をしているか、そこでの人間関係など、行っている所が異なれば驚くほど違うところがあり、又似ているところもあった。
中でも菊がおもしろいと思ったのは堺の商人の京屋敷に雇われた者の話だった。
妙をん、つまり妙おばさんと呼ばれているその女は、武田では台所に勤めていた者だった。当然その家でも料理女として雇われている。
「昔は本膳料理、お屋形さまの御宴会でもそうであったように、美々《びび》しくたくさんの膳を並べてもただ見て楽しむだけで、実際食べられるものは限られていたのですが」
と妙をんは甲斐を懐かしむように言う。
「最近は懐石と申しまして、見た目は地味ながら、温かいものは温かく、冷たいものはより冷たく、食べる人の身になって食事を楽しめるような料理が流行なのでございます。」
「それはおいしそうだねえ。」
揚羽も興味をそそられたようだった。
この時代、菊や松、そのお相伴に預かる揚羽など、身分の高い者ほど、毒見の済んで冷めきった料理しか口にすることが出来なかった。身分の低い者にとって日常食である粥も、落ちぶれ果ててようやく味わうことが出来るようになった温かい食事なのだ。
「この料理法は我が家の主人、千宗室さまがお考えになったことなのです。」
妙をんは我がことのように自慢する。
「やっぱり都だけあって、京では色々と新しいことがはやっているのだねえ。」
殆ど汁といっていい粥をすすりながらも、その素晴らしい膳を想像して皆の会話は弾むのだった。
だが、夏も終わりかけたその日の夕餉は、招かれざる客によって、めちゃくちゃになってしまった。
女たちが椀を皆に配り終わり、さて箸を取って粥を口に入れようとしたその瞬間、案内も請わずにずかずかと入ってきた老人は、土間の真ん中に立ってじろっと皆を眺め渡した。
「お祖父さま……お久しぶりでございます。」
菊が揚羽に言いつけて粥を椀によそわせようとすると、祖父は杖を振って止めさせた。
「用はすぐ済む。松。」
老人は、彼と視線を合わさないように肩をすぼめてうつむいていた孫娘に、いきなり呼びかけた。
「そち、北野で評判のようじゃの。そこでわしが良い話を持ってきた。二月後の重陽の節句の日、宮中で踊りを奉納するようにとのお上のお言いつけじゃ。しかと申し渡したぞ。」
言い捨てるとさっさと家を出て行く。
菊は慌てて祖父の後を追って、裸足で外に飛び出した。
「ちょっと、待ってください、お祖父さま、北野って何のことです?何で松が御所にあがるんですかっ?」
老人はうるさそうに杖を振ると、
「松に聞け。心当たりはあるはずじゃ。念のため申しておくが、お断りすることは許されんぞ。」
年に似合わぬ早足で、その姿はあっという間に角を曲がって見えなくなった。
寝耳に水の話だった。菊は店と家を往復するだけで手一杯だった。北野で松の踊りが評判になっていることなど勿論、全く知らなかった。
(何てことなの)
菊は呆然と立ちすくんだ。
妹が最近顔色が良くなり、食事も取るようになって、ようやく立ち直ってきたと喜んでいたのに。又、がっくりと落ち込んでしまうかもしれない。
だが松は、待ってましたとばかり、その話を受けた。
「『踊り』をご所望なのね、『舞』じゃなく。」
松は考えながら言った。
「私、出来ると思う。ねえ、やらせて!」
いくら松がやりたいと言っても一人では無理だった。衣装も要るし囃子方も要る。又、舞と違って踊りは一人で踊るものではなかった。春日が若く美しい娘たちをあらかたさらっていってしまったおかげで、残っている女は年をとっているか、若くても大人しくて華の無い、引っ込み思案の者ばかりだった。兄の娘たちはまだ幼くて、とうてい松の相手は勤まらない。
「え?私?」
しり込みするのは菊の方だった。昔も今も舞は苦手だ。
「『舞』じゃないわ、『踊り』よ。いいわ、私が振り付けを考える。出てちょうだい。」
しかたが無かった。妹がこんなに生き生きしているのを見るのは久しぶりだ。
囃子方は家臣たちに任せて、とうとう菊も踊ることを承諾した。
それからというもの菊たちは、仕事に出ている以外の時間は全て踊りのために費やした。
囃子方を任された家臣たちは、質屋で買い求めたおんぼろの笛や太鼓を持ち寄って、夜遅く、人気の無い近所の社の森に集まって練習した。武田が滅ぶまで一定以上の暮らしはしてきた人々だったから楽器を扱う素養はあったものの、舞と違って踊りは拍子も早く、曲の造りも慣れ親しんだ雅なそれとはだいぶ違った。
それ以上に菊の苦労は大変なものだった。松の指導は厳しく容赦なく、菊は妹がここまで回復しなくってもいい、と恨めしく思うほどだった。
菊が松の要求についていけなくて落ち込んでいると、猿若がこっそり指導をしてくれた。この男が猿楽上手なことは知っていたが、その教えもわかりやすく的確なものだった。
「松さまには天賦の才がおありですから」
猿若は言った。
「出来ない者の気持ちはおわかりになりますまい。『踊り』は一見ただ楽の音に合わせて手足を動かしているだけに見えますが、一定の型がございます。コツさえわかれば決して難しいものではございません。及ばずながら手前がお教えいたしましょう。」
この男には不得手というものがあるのだろうか、と菊は思う。
大体職探しにしても、皆が汲々としているのを尻目に一人ふらりと出かけていって、越後の青苧の問屋の仕事をもらってきた。ようやく綿の栽培が盛んになってきて、駿河の徳川家などはそれで随分財をなしているという話ではあるが、まだまだカラムシという草から作る織物である青苧のほうがこの時代の庶民にとって馴染み深い着物であった。越後はその青苧の一大産地だった。
「いえ、ちょっとした伝手がございまして。」
とニコニコしている。
ともあれ、気難しい松も、猿若の才には一目置いているようで、菊の指導をしているのを見ても黙っていた。
衣装や小道具の調達を任された揚羽も苦労した。御所にあがるなら見苦しくないほどに身なりを整えなければならないが、先立つものが無かった。
食事からは漬物が姿を消し、雑穀の粥は更に薄くなった。
達丸が椀を覗き込んで、
「顔が映るねえ。」
と、しみじみと言ったほどだった。
信虎は時々ふらりと立ち寄って、松と菊が練習しているさまを覗いていったが、だからといって資金援助してやると言わないのを、揚羽は恨めしく思った。
朝早くからそれぞれの職場で身を粉にして働き、帰ってくると食事もそこそこに踊りの練習に励んだ。月あかりや星あかりを頼りに社の森や原っぱで練習する日々が続く。誰もがもう限界だと音を上げる頃、ようやく御所に上がる日が来た。




