表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/125

第14話 黒髪

 その朝も、揚羽が菊の髪をくしけずっている所へ、紅が御機嫌伺いにやって来た。

 菊の巻き毛は、朝起きたばかりの時は特に言うことをきかない。

 紅は、揚羽が菊の髪をまとめるのに苦労しているのを見てとると、侍女に言いつけて幾つかの品を持って来させた。湯を張った角盥つのだらいに布を掛け、その上に菊の髪を掛けると温めた布でおおった。しばらくして髪がしっとりすると、小さなつぼの中からすくった、軟膏なんこうのような物を髪に塗りつけ始めた。

「何なの、これは?」

 菊が尋ねると、

椰子やしから抽出ちゅうしゅつした油脂ゆしです。巻き毛を直すことは出来ませんが、これで随分落ち着くと思います。」

 紅は手を休めずに言う。

「でも、私は菊さまのおぐしは無理に真っ直ぐにする必要はないと思いますが。」

 揚羽はその言葉にカチンときたらしい。

「女の黒髪は象をもつなぐ、と言うではないか。そなたのように黒く真っ直ぐな髪をお持ちの方に菊さまのお気持ちはわかるまい。」

 紅はひたと揚羽を見据みすえた。

「私は、自分の髪の力で象を繋ぐことが出来るとは思っておりません。」

 先に目をそらしたのは揚羽の方だった。黙って紅を手伝う。

 紅は髪をさすりながら考える。

 そう、他人にはわかるまい。

 私と喜平二さまのお心は、髪なんかで結ばれているのではない。

 あの日、寝所を照らす蝋燭ろうそくともしびで鈍く光るやいばに映った、互いの心は。

 私たちがほんとは何で結ばれているかを知る者は誰もいない。



     挿絵(By みてみん)



 明けて天正七年の正月、城では諸将しょしょうそろってうたげが開かれた。

 戦況はいまだ厳しいものがあるが、武田との同盟のあかしである姫を迎えての宴は、行く手に明るい希望の灯をともすものとなった。戦時中ではあったが、舞いを舞う者、詩をむ者で、ささやかながら宴は盛り上がった。

 菊は景勝の隣に座っていたが、紅は下座に控えている。主君の愛妾あいしょうとしてではなく、諸将の一員のようだ。景勝の留守を預かっているからというだけではなく、昔からの知り合いも多いようにみえた。

 そのせいか、紅にも何か一つ、と所望しょもうする声が挙がった。遠慮していると、景勝が珍しく口をはさみ、そうだ、笛を吹け、と言う。

 紅は侍女に愛用の笛を持って来させると、生真面目きまじめ今様いまようを吹き始めた。それを景勝は途中でさえぎり、違う違う、()()を吹け、と言う。

 紅は改めて笛を構えると吹き始めた。美しい玉が次から次へと転がり出てくるような耳慣れない不思議で軽快けいかいな曲で、確かに素晴らしいのだが、あまりこの場には似つかわしくないようだ。

 何だろう、この曲は、と甲斐から来た者たちは一様いちよう怪訝けげんな思いだった。

 だが、上杉の諸将の反応は違った。口々に、これはこれは、先代が戦陣で夜、よく琵琶びわで奏じていらした曲だ、ああ懐かしい、あの時の、いえ、この時の陣を思い出しまする、いや良いものを聞かせていただいた、と皆、感無量かんむりょうていだった。

 菊は改めて紅と先代の浅からぬえにしに思いを馳せた。

(越後に来てから一年くらいしかたたないのに、紅は何故、先代のいていた曲を知っていたのだろう?二人の間にはいったい、何があったんだろう)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ