第12話 祝言
景勝が春日山城に戻ったのは、それから数日後のことだ。紅が菊を救出した後、すぐ御館を攻めて、景虎側の有力な武将・本庄秀綱を撃破したのだ。
菊はこの日初めて、夫となる人の姿を見た。
直黒{甲冑、弓矢、刀剣、直垂などを黒で統一すること}に武装した景勝は黒い馬から降りて、出迎える菊に軽く会釈すると、馬廻りの若武者たちを従えて行ってしまった。小柄だが眼光鋭く、全身から気合がほとばしって、威圧感のある男だ。
(なんだかちょっと……怖そうな人)
戦から戻って殺気立っている周りの雰囲気ともあいまって、初対面の景勝の印象はあまり芳しいとはいえないものだった。
婚姻の儀式が行われたのはその翌日だった。
化粧の間で衣紋を繕った後、式場となる奥の間に案内された。床の間には盆栽や蓬莱の台が置かれている。
白綾地に幸菱文様の被衣を被り、白打掛、白小袖、白無垢に身を固めた菊は、同じく白い袷に烏帽子、直垂姿の景勝と神妙に三献の儀を行った。
ようやく冑を脱いだ彼を見ることが出来た。
日に焼けて精悍な顔だが、ややもすると沈鬱な表情を浮かべている。
(緊張しているんだろうか。先代は戦では神がかった働きをしたというが、この人も神経質な方なんだろうか。それとも)
そもそもこの婚儀自体、気が進まないのではないか。
この時代、身分が上の者に恋愛結婚などあろうはずもない。政略結婚など日常茶飯事、でも彼は思いがけず、少年のような
(澄んだ目をしている)
婚儀は三日続いた。
二日目までは、婿嫁ともに白装束を着たが、三日目に色柄物を着る、これが今日でも行われる色直しである。色直しが済んではじめて、嫁は、家中の者に対面した。
菊は小袖、樽、布などの贈り物を、挨拶に出てくる諸将や郎党たちに渡していった。
一通りお目見えが済んだと思われる頃、一人の女が彼女の前に手をついた。
それまで上座に居た景勝が、つと立って、女の側に行った。片膝をつくといたわるように女の肩に手を掛けて、菊のほうを向いて口を開いた。
「これは四辻と申す者だ。上方から下ってきた。どうか、目をかけてやって欲しい。」
(これが、側室の?)
会うのは初めてだ。
だが、女の顔を見て菊は愕然とした。
さらさらと流れ落ちる漆黒の滝のような髪、白練の小袖の上に束ね熨斗をあしらった淡い桃色の豪華な打掛を羽織って、艶やかにほほえんでいるのは宇佐美紅その人だった。