表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/125

第103話 千鳥

       挿絵(By みてみん)



 その日の朝、人々は、往来をあわただしく馬が駆け抜ける音で、目を覚ました。

 大勢の兵が辻々(つじつじ)を固め、しょだいから、用の無い者は出歩かぬようおれが出た。人々は、何が起きたかと、家の中で息をひそめていた。半日ばかり足止めをくらった後、家の外へ出ることは許されたが、大通りにはまだ見張りが立ち、通る人々を厳しく詮議せんぎしていた。

 謀反むほんが起きたのだ、いや、朝鮮が海を渡って攻めてきたのだと、まことしやかに言う者もあり、人々の不安をあおった。だがそのうち、真相らしきものが段々わかってきた。

 伏見城にぞくが入ったというのである。

 もう二年程前から、伏見に築城が始まっていた。秀吉は聚楽第を関白秀次に譲り、自分は新しく築いた城に移っていた。その秀吉が、寝間ねまで賊に襲われたというのである。

「賊は太閤殿下の枕元まで忍び寄って行ったんだそうだ。やいばを振りかざして、あわや、というその時」

と、身振り手振りを交えて語る、何処かの威勢いせいのいい()()()()()の話である。

とこに置いてあった千鳥ちどりこうが一声鳴いた。これがこの世に二つとない名器で、主人の危機を見て急をしらせたんだな。」

 ちなみにこの千鳥の香炉というのは、きぬたせいあしのものである。底の中央の高台こうだいが高く、三つ足が浮き上がるのが千鳥の飛ぶ脚に似ているので、千鳥と名づけられた。天正三年三月に、領国を失った今川義元の子・氏真が織田信長に頼ろうとして贈った、駿河守護今川家伝来(でんらい)の名物香炉である。

「その声に、はっと飛び起きた太閤殿下、『くせもの―っ!』と大音声だいおんじょうで呼ばわると、次の間に控えていた仙石久秀という豪傑ごうけつが、曲者にぱっと飛びついた。曲者はたまらず御用になった、と見えたが、そいつはすばしっこくて、雲をかすみと逃げちまった。だがそいつと一緒に来ていた子供は、逃げ遅れてつかまっちまったんだそうだ。まだ十(いく)つかの子なんだが、太閤殿下を親のかたきと狙っていたらしい。たんで失敗したにせよ、城中深く忍び入り、しかも親のあだちとは泣かせるじゃねえか。」

「ちょいとっ!」

 話を聞く群集の中に混じっていた揚羽は、あんちゃんの胸倉むなぐらつかんで叫んだ。

「その子供っていうのは、どんな子だいっ!ええいっ、はっきりおしっ!」

「しっ、しっ、知らねえよお、俺だって他人ひとから聞いたんだい……。」

 あんちゃんは、揚羽の剣幕けんまくえて、しおれてしまった。

「何でも弱々しい男の子だったっていう話だが。他にも一味いちみの者がたくさん捕まったそうだ。そのうち河原で処刑になるだろうから、そン時にいくらだって見れるさ。」

 揚羽は、あんちゃんを突き飛ばすと、走り出した。

 報せを聞いて、菊は急いで身なりを整えると、寧々の元に参上さんじょうした。

 達丸がさらわれてしまったこと、これはきっと何かの間違いだと必死に訴えた。

 寧々も驚いて、あの子のことは私もよう知っておる、とてもそんなだいそれたことをしでかすような子ではない、私が直接、太閤殿下にお願い申し上げるから、家に戻って待っていなさいと言ってくれた。

 二、三日して、所司代から呼び出しがあった。

 菊が、奉行所の役人から申し渡されたのは、思いもかけない言葉だった。

びょう、でございますか?」

 何かの聞き違いか、と思った。

「そうだ、出来るだけ早く作れ、との御命令だ。」

「あの……屏風を作ってお収めすれば、子供は返していただけるのでしょうか。」

 菊が念を押すと、役人は、手にした書類にもう一度、目を落としてから言った。

「そういう事は……書いていない。」

 菊がぜっしていると、役人は重ねて言った。

「この度の明国との和議に当たり、恐れ多くも太閤殿下は、明国皇帝に下賜かしなさる屏風の制作をそのほうにお命じになる。ただし条件がある。その方は狩野や土佐、その他の一門の下にはつかず、独自の画法を持っている、とか。太閤殿下はそれら漢画、大和絵とは違う、その方独自の絵を見たい、とおっしゃるのだ。」

 菊は、さあっと血の気が引くのを感じた。

 漢画でもない、大和絵でもない、絵。

 それは、きんせいのキリシタンの絵ということではないか。

「そ、それは……。」

 菊が顔を上げると、役人はおおかぶせるように言った。

「尚、太閤殿は、狩野にも屏風の製作をお命じになられた。双方の屏風が出来上がり次第、太閤殿下(おん)みずから、絵の優劣を断じられる。」

 目の前が真っ暗になった。

 菊は両手をついて頭を下げ、衝撃しょうげきに耐えた。

「太閤殿下は、私に死ね、とおっしゃるのでしょうか……。」

 役人は紙をかたわらの机に置くと、あわてて上段から降りてきて、菊を支えた。

ぜんさま、お気を確かに。」

 命令を申し伝える役を終えたので、いつもの彼に戻っている。

 船奉行の役を終えた後、彼は増田長盛と共に、京都所司代に任じられた。

治部じぶしょうゆう{石田三成}さま。」

 菊は顔を上げ、必死に言った。

「治部少輔さまが、弱い者や困っている者たちに大変親切にしてくださる方だということを、教会の者から聞いております。」

 迫害の中で捕まった者たちの命ごいをしてくれたこともあると聞き及んでいる。

 彼が、怜悧れいり吏僚りりょうの外見の下に熱いきょうしんを隠していることを、菊は知っている。

「あの子はかどわかされて、あの場に連れてこられただけなのです。どうか、どうか、何の罪も無い子供のために、おちからえいただけませぬか。」

 石田三成は、

いさめについては、秀吉のしょく{気分}を取らず、諸事有姿を好みしものなり』

と、殊更ことさらおとしめられた後の世においてさえ、書物に書かれたような、骨のある男だった。

 菊にすがられて、彼は困ったようだった。

「唐入りが長期化して、人心が動揺しております。そんな中、城内の、しかも殿下の寝間を襲ったところを捕まってしまったのですから……。」

 要するに、見せしめ、ということなのだろう。

 織田にたてついて滅んだ武田の残党ざんとう

 格好かっこう生贄いけにえではないか。

「でも狩野と合戦がっせんだなんて……。勝負は始めからついています。」

 三成はしばらく考えていたが、言った。

「北政所さまのふすまを拝見して、私は感動しました。だから狩野でもなく、土佐でもなく、あなたのお店に、お経の修繕をお願いしたのです。私は絵のことはよくわかりません。キリシタンでもありません。でも万里ばんり波濤はとうを越えて運ばれてきた絵を見て、何を表現しているのか、文化の違う世界で育った私にはよくわからないながら、それでも何か心に訴えかけてくるものがありますし、素直に美しいと思います。御自分の才能をそのまま、表現してみては如何いかがでしょう。真実は人の心をうちます、必ず。」

 この男は、近江の小さな寺の小僧だったのを、秀吉が拾い上げて育てたという。何のうしろても無く、ただ自分の才だけを頼みに、のし上がってきた男らしい言葉だった。

(この人は知らないのだ)

 菊は思った。

(贈答用の屏風がどういうものであるかということを)

 そして彼女が、どうしてもその絵を描けないということも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ