プロローグ 第二話 嘉手伊蘭は失う
「え~、皆さんに残念なお知らせをしなければなりません」
それは、突然開かれた全校集会で校長が開口一番に放った一言であった。
俺はそのお知らせとやらが自分と関わりが無いだろうと高をくくっていたが、続く言葉に俺は耳を疑った。
「2年4組、宝城達谷くんが3日前から行方不明になっているとの事です。ご両親の話では友達の家に行ってないとのことなので、昨夜より警察へ捜索願いをだしたそうです、みなさんも何か心当たりがあれば・・・」
宝城達谷は小学校時代から仲の良い友達の一人で、少し厨二病を患っているところもあるが気のいい男である。親しみを込めて達谷と仲の良い友達みんながたっちゃんと呼んでいる。
思い返せば、二日前の夜にたっちゃんのお母さんからうちに来てないか連絡があったが・・・くっ、何故その時に察せなかったんだ。
いくら中学校時代にたっちゃんが深夜に家を抜け出し、幽霊退治と称して近くの心霊スポットを徘徊していたという前科があったとはいえ・・・心配くらいはしてやるべきであった事を悔やんだ。
その一日は授業に身が入らず、ひたすらにたっちゃんの行きそうな場所のシミュレーションを放課後まで続ける事となった。
そして放課後、さっさと仕度を済ませて授業中にリストアップした場所をルゥとまわることにした。
先ずはたっちゃんがよく行っていたとされているゲームセンターをと考えたが・・・まぁ、普通は失踪しているのにこんなに目立つ場所にはいないとは思う。思うのだが、長年の友達付き合いからその可能性も否定できないと念のため向かった。
「んー、お店の人に聞いてみたけどやっぱり来てなかったみたいだね蘭ちゃん」
俺が店内を探し回ってる間に、ルゥがゲームセンターのスタッフにたっちゃんが来ていたかどうかを聞いてきてもらったがどうやら杞憂だったらしい。
「たっちゃんの行きそうな場所は多くはない、次は羽場公園に向かうぞ」
羽場公園はたっちゃんの家の近くにある公園だ。例によって家の近くの公園にいるぐらいなら帰っているだろうと思うのだが、たっちゃんならいる可能性も否定できなくはないので探しにいった。
「んー、やっぱりいないね。たっちゃん」
いなかった。
「ここじゃないとすると、あとはショッピングセンターのシオンか・・・もしくは町役場か・・・手当たり次第いくぞルゥ」
結論からいうと心当たりの場所全てをあたったが、たっちゃんはいなかった。そう、心当たりの場所には。
「待っていたぜ蘭」
たっちゃんがいたのは、俺の家である嘉手伊家の前であった。
「あぁ、探したぞ・・・たっちゃん」
言いたいことはたくさんあったが全てをのみこんで、たっちゃんを刺激しないように言葉を選び返事した。
「蘭、頼みがあるのだが・・・」
「そうか、とりあえずこんなところではなんだし場所を変えようか。うん、それがいい。あぁ、ルゥは先に帰っておいてくれ、これからたっちゃんとお話してくるから」
「えっと、うん、気をつけて・・・ね」
先ずはたっちゃんを家から遠ざけ、一目のつかないところまで誘導した。ん、何でそんなに腫れ物を扱うようにたっちゃんに接しているかだって?そりゃあ友達が刀を持って家の前に立っていて、「待ってたぜ」とか言い出すのである。そりゃあ、刺激しないように接するのは当然である。俺はそうしている。
「そろそろいいだろう、蘭」
オレ、ココロノジュンビデキテナイ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、たっちゃんは構わず言葉を続けた。
「俺を殺してくれ、蘭」
いきなり何を言い出すんだ、このお馬鹿さんは。
「俺の意識が俺であるうちに・・・」
さて、確かにここなら一目にもつかないだろう。もう我慢する必要はなくなった。
「俺を殺してくれだぁ?いい加減にしろ達谷。親御さんに黙って居なくなって心配かけている上に、そんなふざけたことぬかすとか友達やめたくなる案件だよな?そうだよな?」
「友達やめるのは勘弁してほしい。だが、俺を殺してくれ。こんな事蘭にしか頼めない」
そんなこと頼むのこそ勘弁してほしい。
「蘭、俺を・・・」
とりあえず分からず屋の口を黙らすために思いっきり顔面を蹴ってみた。
達谷は体を樹に打ち付け、立ち上がろうとするも膝にきているのかうずくまり嘔吐した。
「まったく、心配かけやがって」
嗚咽を漏らしながらも少しだけ冷静になったのか、たっちゃんは語り始めた。
「大体3年前だったかな。蘭も知っての通り丁度ここ、クールガーの悪霊どもを退治しつくした時に、全てを祓えたのはいいものの呪いっていうのかな。左腕が自分の意思とは外れた動きをしたり、眼がうずいたと思ったら、何か自分が自分ではなくなる感覚に飲み込まれそうになったりがたまに起こって・・・、しかも何かに阻害されるように誰もこの事を本気だとは思ってくれない。」
典型的な厨弐病だが、まぁ話は最後まで聞こう。少なくともたっちゃんは自分を殺せなどというくらいには追い詰められているのだから。
「確かにそれらを抑え込むことは大変だったけど・・・、辛かったけど・・・、ここ最近までは抑えきれていたハズなんだ。でも3日前に誰かに呼ばれたかと思うと・・・、気づけば俺はこの刀を握りしめていて、そして辺りは赤に染まっていた。ついに誰かをやってしまったかと思ったが、それらしい死体は無かった。安心してしまいそうになったが、逆に何故このような状況になっているのかが分からず、俺はひたすらに戸惑った・・・」
今更ながらに思うのだが、この男は大物なのかもしれない。そのような状況になった場合、常人であれば発狂するなり取り乱すなりをするハズであるのだが、たっちゃんの場合ただ戸惑っただけである。だがそんな男がそんな男が自分を殺してくれと言ってくる、正直信じがたくある。
「とにかく周りの赤いのは何かの血液だというのは察したものの自分がこれに関係があるという確証もないので、ひとまずその場を離れることにしたんだ。離れるにあたって刀は捨てていこうと思いあたったのだが、何故か刀を握ったまま手のひらを開くことができない。それどころか頭に抗いがたい殺意の思念が流れ込んでくるんだ」
なるほど・・・とはいかないが、言わんとしてることはおぼろげながらに分かってきた。
「俺はまだ人を殺めてはいない、だがそれもいつまで持つか分からないんだ。意識があるうちに俺の命でもって衝動を止めたい・・・だがこの刀がそれを阻んでくる。自分では死ねないんだ。だから一番の友達である蘭に頼みたい。止めてくれ、俺の息を」
出来るはずない。一介の高校生が殺してくれと頼まれて、じゃあ殺しますと出来ないのが普通だ。そんな覚悟もない。
「危ない、ランちゃん!」
家で待つようにいったハズのルゥの声でハッとなり、その場からバックステップすると、さっきまで俺のいた場所が薙ぎ払われた。それを行ったのは信じたくはないがたっちゃんだった。
「達也、お前、まさか・・・」
だが返事の代わりにとたっちゃんは再び斬りかかってくる。もうたっちゃんの意識は・・・。
「達也、やめてくれ。目を覚ませ!」
分かってはいたが、たっちゃんの刀は止まってくれない。どうにか今は避けれてはいるが、どんどん容赦がなくなってきている。どうにか間合い外に逃げようにも、たっちゃんは追いすがってくる。
「何かよく分からないけどさ、ランちゃんを傷つけるのなら、いくらたっちゃんでも許さないんだからね」
そういってルゥは、たっちゃんの下半身に向かってローキックをかまそうとする。だがそれがまずかったのだ。たっちゃんはローキックを刀身で受けると、謎の不快音が鳴り響いた。それは蹴りと刀がぶつかったとは思えないものであった。
反射的に耳を塞ぐも、時はすでに遅かった。鼓膜が破れたのだろう、何も聴こえなくなっていた。
いや、そんなことはもうどうでもいい。今の状況を確かめるために顔を上げた俺は信じがたいものを目にした。
たっちゃんの刀がルゥの身体を貫いていたのだ。
世界から音が聞こえない中、ルゥの命の灯が消えていくのを感じた。
「大好きだよ、ランちゃん」
聞こえるハズのない、でも確かにそう言っている気がした。その声を最後にルゥは、俺の幼馴染は死んだ。