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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
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オマエはそこに置いていく

 広々とした海に沿った国道を、タケルの空色のワンボックスカーは進んで行く。


 右は、大きな波の押し寄せる白い砂浜。

 左は、高い椰子の植えられた歩道に沿って、レストランや民間の駐車場などが点在している。


 さっきの無料駐車場がガラガラだったのに比べると、この国道沿いの駐車場は、まだ海水浴の始まるシーズンではないというのに、ほぼ満車の状態で、その利用者のほとんどはサーファーのようだった。

 波を求めて、どこからか集まってきたのだろう。

 千葉以外にも、東京や神奈川のナンバープレートの車も多い。

 そして国道を、サーフボードを抱えた人たちが行ったり来たりしている。

 防潮堤の上にも、あちこち人の姿が見える。

 立って先程のタケルのように波を眺めている人。

 サーフトランクスのまま、濡れた体を陽にさらし、気持ち良さそうに寝そべっている男。

 サングラスにビキニ姿で、彼氏のサーフィンを見守っている女の子など、思い思いに早い夏を満喫しているように見えた。

 いくつか駐車場を通り過ぎた時、サーファーがタケルの空色のワンボックスカーに手を振って来たり、ボードを積んだ対向車が、ライトをチカチカさせて合図を送ってきたりした。

 その度タケルも、同じように合図を返した。


 そんな賑やかで開放的な雰囲気がしばらく続き、それから国道は海を離れてゆるやかに左へ向かい、道幅も少し細くなり、だんだんと登り坂へさしかかる。

 その先に、古く陰気な雰囲気のトンネルが、ぽっかりと口を開けていた。

 車はそのトンネルの中へ滑り込む。

 灯りも無く、暗く、長く、ひんやりと冷たい空気。

 その冷たさと暗闇が、立て続けに色々な景色を見て興奮していたアヒルの心を、少しばかり落ち着かせてくれた。


 最初の無料駐車場を過ぎてから、かれこれ一時間近くが経過しているはずだ。

 陽の光は真昼のように強烈だけど、いったい今は何時なのか。

 そして、この車はいったいどこに向かっているのか。



「もうすぐ着く」


「え?」



 またタケルが、アヒルの心を見透かすように言った。

 しかしトンネルに入ったせいで、音が反響してタケルの声も自分の声も良く聞こえず、アヒルは首を伸ばして訊き返した。

 それに対してタケルが再び、一語一語区切るように大きく答えた。



「も・う・す・ぐ・着・く!」

「ど・こ・に・で・す・か?」



 その時、面倒臭そうに答えながら、荷室の方に寄せたタケルの頭と、声を聞き取ろうと運転席に顔を寄せたアヒルの額が、ゴンッ!とぶつかった。


いたっ!!」


「あ、わりぃ」


 アヒルは広い額をさすりながら、バックミラーに映ったタケルのことを恨めしそうに見た。

 タケルは、トンネルの先の小さく光る出口を見つめたまま、どうでも良さそうに謝った。

 アヒルはふくれっ面で助手席と運転席の肩に掴まり、さっきより少し顔を引っこめ、再び質問しようとしたが、今度はタケルの乾いてフワフワした巻き毛が、鼻先をくすぐる。



「で、どこに……は、ハ、ハぁ……」

「ハぁ?」



 タケルは眉間にしわを寄せ、目は前を見据えながら、何か言おうとしているアヒルの方に、顔をグッと近づけた。

 その瞬間




 ハァぁぁぁぁぁーーークショぉぉぉぉぃッ!!

                                 

               ゴキッ!



ってぇぇぇぇーーーーーーーーーーーー!!」




 思わず大きなくしゃみが出て、アヒルは広いデコで、タケルの頬骨を思い切り強打した。



「ひゃぁぁぁぁ、、、ごごごめんなさい!!」


「おまえ…マジで、、、」



 タケルは大量に浴びたアヒルの鼻しぶきを左手で拭いながら、



   『ぶっ殺す』



 という言葉を深呼吸と共に飲み込んだ。

 そして、今度は飲み込んだ息を長い時間かけてフーーーーッと吐いて気持を整えると、左手首にはめていた黒い輪ゴムをアヒルの顔の前に持っていき、


「もう、ちょっとどうでもいいから、これで髪、縛れ!」


 とぶっきらぼうに言った。

 アヒルは黙ってその太い輪ゴムを、タケルの手首から抜き取った。

 タケルも黙って頭を斜めに差し出した。


 アヒルは少しためらった。

 それから肉付きの良い小さな指を、タケルのフワフワ広がる髪に通した。

 両耳の後ろからかき集めるようにすると、厚みのある髪の奥の方は、まだ温かく湿っていた。

 それを一つに束ねようと、首の後ろで持ち上げる。

 そこに涼しい風が通る。

 タケルが気持ち良さそうに目を細める。

 その風が、タケルの匂いを運んできて、違う意味でまたアヒルの鼻をくすぐった。

 

 シャンプーの匂いも、石鹸の匂いもしない。

 

 タケルの体の匂い。

 

 清潔に保たれた日本犬のような、『無臭』という類の匂い。


 アヒルはふと、家で飼っていた雑種犬に、水をかけて遊んだ時のことを思い出しながら、あちこち散らばろうとするタケルの髪を、そっとまとめた。



 この人は、こういった事を女の人に、普通に頼めるんだな……。



 そんなことを、ぼんやりと頭の中で考える。

 車がやっと長いトンネルを抜けた。

 一瞬の光と、右の崖のだいぶ下の方に、岩場の海がチラリと見えて、またトンネル。



「このトンネルを出て、下に降りたらもう着く。そこにおまえは置いていく」



 そこにあたしは置いていく。



 アヒルは、黙ってその言葉を頭の中で繰り返した。



「服が乾くまでそこで時間つぶせ。そこは飯も食えるし、きちんとしたトイレもシャワーもある。……金は持ってるよな?」


 アヒルはコクンとうなずき、一瞬、困り顔になった。

 タケルはそれを見逃さなかった。


「心配するな。オレがバイトしてる吉祥寺のサーフショップと関係のあるとこだ。もう、おまえの事はメールで連絡してある」


 そう言うと、バックミラー越しに目を細め、アヒルに笑いかけた。

 それは今日初めて見る、アヒルに対して向けられた、昨日と同じ優しいタケルの笑顔だった。


 タケルが、近づいてくるトンネルの出口に視線を戻したので、アヒルはそのまま、バックミラーに一緒に映る、自分とタケルの姿をじっと見た。



 つり合わない……



 そう心の中で呟くと、目を逸らせた。






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