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あたしはアヒル2  作者: るりまつ
42/42

正座しなさい!!




「ホナミン……」



 アヒルは小さな声で、隣のホナミに囁いた。


「……なんであたしまで、正座なんでしょうか?」


「しっ!」


 ホナミは短くアヒルの言葉を遮った。

 それを聞いてタケルが下を向き、クックックッ、、、と笑った。


「そこ!笑うな!!」


「はい、申し訳ありません、コシハラ店長」


 タケルは正座した背筋をシャンッと伸ばして胸を張り、わざと神妙な声で答えると、 その自分の態度に一人ウケして、また下を向いてクックッと笑い、それにつられて隣のホナミも噴き出した。


 その日アヒルは、夜9時までのアルバイトを仮病を使って早退した。

 そしてロッカールームで念入りに化粧を直し、揺れるピアスを付け、 胸のラインが綺麗に見える、クタッとした化繊素材のスモーキ—ピンクのカットソーとデニムのミニスカートに着替えた。


 日焼けしていないアヒルに、そのスモーキ—ピンクという色と膝上のミニスカートは、 肉付きの良い色白の体を、妙に生々しくむっちり見せてしまう感じがしたが、 せっかくタケルとの再会なので、前回の合コンの時とは違う、スカート姿の自分をアピールしたいという女心が先立った。(実際タケルは女の衣服なんて、すぐ脱がせてしまうので興味は無いのだが)

  そして小さな足の指の間も、念入りにウェットティッシュで拭い、昨日の夜、ライム色に塗り直した爪が目立つよう、 華奢なミュールを履いて吉祥寺へと急いだのだった。


 途中、駅の階段を降りる時、急ぎすぎてミュールの片方をすっ飛ばし、仕事帰りのOLの浮腫むくんだふくらはぎにぶつけてしまい、思い切り睨まれたが、 困り顔で謝りつつ、なんとか8時半には改札口に着いた。


 ホナミは改札の外で、壁に貼られた旅行会社の大きな海のポスターの横に寄りかかり、 腕を組んで立っていた。

 サクッと短い金髪頭にサングラスを乗せ、モスグリーンのホルターネックのカットソーから露出した、小麦色の肩から腕のラインが美しかった。

 そして、色褪せたゆるいメンズシルエットのジーンズの裾を、 アンバランスに折り返してラフに着こなす姿は、その真っ青な海のポスターから抜け出してきたモデルのように見えた。


 ホナミン、かっこいい……


 日焼けした顔に涼しげな目元と、固い意志を持つような引き締まった口元をしていて、ゲイの少年のように見えるホナミは、東京の人混みの中にいても充分目立った。


「よっ!」


 ホナミはアヒルを見つけると、満面の笑顔で近づいて来て手を広げ、 改札から出たばかりのアヒルに、人目もはばからずハグをしてきた。

 周囲の視線を感じ、もしかして男の子に抱きしめられてると思われるんじゃないかと気になって、アヒルは顔を赤らめ、慌ててホナミから身を離した。


「早く来れて良かったね」


「はい、店長に具合悪いって言って、サッサと帰ってきちゃいました。ホナミンも、迎えに来てもらったりして、お仕事大丈夫でした?」


「アタシもテキトーにぷらぷら出てきちゃったよ!ま、ヒマだし、どうせタケルがいるし」


 そして二人は井の頭公園に向かう道を、おしゃべりしながら歩き、 コンビニで発泡酒を6本と、対面販売の焼鳥屋にしばらく並んで、香ばしいヤキトリをたくさん買い込んだ。


「ホナミンは、東京と千葉で掛け持ちでバイトしてるんですか??」


「いや〜アタシは今はもう、ほとんど千葉のハナさんとこだけ。たまにリョ、店長に呼び出されて、用事言いつけられたりするけど……」


 ホナミはうっかり、井田の事をリョウと呼び捨てしそうになり、さりげなく誤魔化した。

 隠し事のできない性格のホナミだったが、井田と付き合っている事が知られるのはマズイと思っていたので、タケルやハナコの前では井田の事を『店長』と呼び、まるで他人のように振る舞っていた。

 そのくせヤキモチ焼きで、井田がちょっと女性客と親しげに話しこんだりしていると、露骨に不機嫌な顔になってしまい、その態度で、タケルにもハナコにも店の客にも、二人の関係はバレバレだった。

 みんなはホナミの、その子供じみた不器用さを気の毒に思っているので、 気付かぬフリをしてくれているのだが、空気を読むのが苦手なホナミは、 その事を自分が上手く演技して騙し通せていると勘違いしていた。


 アヒルとホナミは他愛もない話しをしながら、暗くなった公園の中を、池に沿ってずっと外れの方まで歩いて行き、 一見、和カフェのように見えるサーフショップ『BLUE GARDEN』に到着した。

 すると、そのシックで大人の雰囲気が漂う店の中で、二人のガタイの良い黒い男たちが、プロレスごっこのように、互いに絞め合いしているところに出くわし……


 そしてなぜか今、タケル、ホナミ、アヒルは、大、中、小の順でゴザの上に正座させられ、その正面には、サラサラの黒髪を肩くらいの長さに伸ばした、30歳前後のスッキリした細面の男、 井田が、苦虫をかみつぶしたような表情で、同じように正座していた。


 それぞれの目の前には、良く冷えた発泡酒の缶が水滴を光らせ、その向かい合った3人対1人の間で、皿に盛られたヤキトリのタレの香りが、悩ましく漂っていた。



「今日は、オマエ達に言わなくてはならない事があるので、まじめに聞くよーに」



 え、あたしもですか……?!



 井田がまじめくさってそう言った瞬間、巻き添えを食って正座させられていたアヒルの腹が、




    ギュルギュルギュルギュルゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜

                     

                    

 と、ウナギを踏んだような恥ずかしい音を立てた。



「あぁっ!」



 アヒルは慌てて腹を抑えた。



 やだ、なんでこんな時に!!!!



 タケルはそっぽを向いて聞こえないフリをしていたが、その肩と、束ねられて膨らんだチリチリ頭が上下に細かく震えていた。

 ホナミはヒザに固く拳を押し当て、下をうつむいていたが、やはり腹筋がワナワナと揺れていた。

 井田は、元々の優しげな顔をワザと気難しく見せようと、眉間にシワを寄せて咳払いした。



「……君、名前は?」


「あ、はい、アヒルです」


 アヒルは畔蒜あびるという苗字が嫌いだったので、あだ名で答えた。


「アヒルさん」



 井田の脳裏に一瞬、公園の池の、大嫌いな鳥の形の足こぎボートがよぎったが、すぐにそれを消し払った。



「君は……腹が減っているのか?」


「あ、はい、、、三時から何も食べていなくて」


「そう。じゃあ君はお客さんだから、特別に先に一本食べてよろしい」



 井田は恩着せがましく言いながら、右手で床に置かれたヤキトリの皿をズイッ、とアヒルの方に押し出した。



 お客なら普通に座らせろよ       



 とアヒルは思ったが、黙っていた。



「あ、はい、、、ありがとうございます、コシハラ店長さん」



     ぅプッ!!  

                    


 タケルが吹き出す声が聞こえた。


「……今、なんと??」          


 井田は動揺してアヒルに訊き返した。

 

 あれ、何か間違えちゃったかな〜??  


 と思いつつ、アヒルは繰り返した。


「え?あ、はい、、、コシハラ……さん。……と、おっしゃるのでは?」

 

「……ボクの苗字は井田です。 イッ・ダッ !! 」


 井田は歯ぐきまでムキ出して、口を大きく開き、一語ずつ強調して発音した。



    ギャッハッハッハッハッハッハッハ!!!


    く、苦しい!死ぬ!!ブハハハハッ!!!!



 それを見て、タケルとホナミは床に転がり、身をよじって笑いはじめた。


「あ、や、あのすいません!! さっきタケルサンが確か、、、コシハラ店長と言った気がしたので……すいません!!」


 アヒルは、何をそんなにタケルとホナミが笑い転げているのかよく分からないまま、とにかく名前を間違えた事を井田に謝った。


「あーもう、アヒル、勘弁してよー!!」


 ホナミは顔を真っ赤にして笑いながら、ヤキトリの皿を井田に許可なく手に持つと、アヒルの方に突き出して一本選ばせ、そのまま自分はツクネを取り、それからタケルに皿を渡した。


「井田テン、もう良いでしょ?オレも腹減った。ンぁ〜」


「待てっ!」


 タケルが大きく口を開いてネギマを口に入れようとした時、井田が手の平を前に出し、犬を止めるようにマテをかけた。


「もぉぉぉぉ〜!早く食べないと冷めちゃうじゃん!!」


 ホナミがイライラとしながら身を揺する。


「せっかく久しぶりにスタッフが揃ったワケですから……そうですね、 みなさんの波乗りに対する今後のデカい目標を一言ずつ聞いてから頂きましょう」


「んだよ、それぇ〜!コイツがいるからって、偉そうなとこ見せようとしちゃってよぉ〜!!」


 タケルは手にしたネギマでアヒルを指し、ブーブーと文句を言った。

 アヒルにまで『コシハラ店長』と呼ばれてすっかり調子が狂い、何を話そうとしていたのか全く分からなくなってしまった井田は、とりあえず体勢を立て直そうと、つまらない事で時間稼ぎをしようとした。


「ウルサイ!いいからタケル、オマエからだ」


 井田に指名されると、仕方なくタケルは一度姿勢を正し、それから身を乗り出して猫のように大きな一重の目を、瞳孔どうこうまで広げる勢いで思いきり見開いた。そして、



「 世界征服 」



と、呪うように低く言うと、ニタッと笑った。


「バカ!デカ過ぎんだよっ!!」


「オマエが言うと20世紀少年みたいでコワイ。やめろ」


「次、ホナミ」


「今年こそプロになる」


「その前に、次の大会のエントリー費、早く振り込め」


「次、君」


「え?!あたしもですか!?あたしお客サンなんですけど……」


 アヒルはのん気にナンコツをかじっていたところを急に指名され、つい本音が出た。


「何でもいいから、テキトーに言っとけ!早くネギマ食わせろ」


タケルが急かす。


「え、あ、じゃ、サ、サーヒンデビュー?」


緊張して発音が歪んだ。ホナミがそれを聞いて、横から口を出した。


「ボデボにしときな、アタシが教えるんだから」


「あ、じゃ、ボディボードで」


「よろしい。まずボード買いなさい。はい、ではみなさん、頂きましょう」


「マテ」


今度はタケルから井田に、マテが掛かった。


「俺たちだけズルいじゃん。井田テンも何か言えよ、テンチョ—として」


「俺か?」


「そうだ、そうだ!」


「俺は、、、」


井田は少し考えた。

そしてちょっと俯き、タケルとホナミからツと目を逸らして小声で言った。


 ムネカタテンチョー……


「えぇっ!?何??聞こえないんですけど???」


「ハッキリしろ、ハッキリ!」


「お、俺は、、、ムネカタ店長と呼ばれたいぃっ!!もおぉぉぉぉっ!!!」



   ギャッハッハッハッハ!! ちっちぇー!! 


   何だよそれ!!とりあえず2サイズアップ!? 


てか、目標つか、願望?!?!


   ブハハハハッ!!!



 越原?宗方??


 アヒルには何がそんなにおかしいのか、さっぱり分からなかったので、 正座のまま首を捻って、困り顔をするしかなかった。

 そしてようやく意味不明な長いオアズケが解除され、まだ営業時間が残っているというのに、 ぬるくなりかけた発泡酒を手に取り乾杯した。

 タケルとホナミはヤキトリを一気に口に入れてガツガツ食べた。  



「全部タレ?シオは無いの??」


「タレだけだよ」


「なんだよぅ、皮はシオにしてくれよぉ」



タケルが一人っ子のお坊ちゃん丸出しで不満そうに言うと、ホナミがすかさず言い返した。



「あぁ?!アタシはタレが好きなんだよ。アタシが買って来たんだから文句言うな!」


「ちぇっ。皮のカリッと感はやっぱシオじゃないと」


「そんなに好きなら、自分の『皮』でも焼いてシオ振っときな」


「だからぁ、オレはさっきも井田テンに言ったんだけど、仮」


「タケル、オマエ夏休みどうするんだ?」



 井田は、また話しが下品な方向に流れて行きそうな予感がしたので、アヒルの方をチラッと見て、急いで話題を変えた。



「ん?いつも通りだよ。夏祭りと実習以外はこっちにいる予定だから、バイトは必要なら入れるだけ入る」


「そうか。それよりオマエ、世界征服は冗談として、もう大会とか出る気は……」


「なーいなーいなぁーーーい!!今さら、、、」


 急にタケルが動揺したように大きな声をあげ、井田の言葉にかぶせるように言ったので、アヒルはチラッとタケルの表情を盗み見た。


「いや、もったいないと思ってさ。大会出ないならせめてもう一回、学生のうちに一級めざして……」


「無理無理無理無理!!!もぅ、ぜーったいに無理だから!!冗談でも無理。やめて」


 タケルは皿から急いでレバーを手に取ると、その串を口の奥まで一気に入れ、根こそぎ歯でしごき取ってモグモグと咀嚼した。

 それはワザとしゃべれないように、口を一杯にしているようにも見えた。

 そんなタケルを見て、ホナミは細い眉をひそめて言った。


「店長、なんで今さらそんなこと言うんだよ。ここのライダーになったばっかの時のコイツ、思い出してみなよ。最悪だったじゃん、、、。これ以上、恥かきたくないよな?タケルだって。こいつはもう、ただのバイトで良いんだよ。なー?」


 タケルは口をモグモグさせながら目で笑い、無言で何度もうなずいた。

 ホナミはタケルに代わって、アヒルに解説した。


「こいつさ、ヒート中に下痢だっつって、途中で海から上がって便所に逃げ込んで負けたり、 車ごと消えて、時間ギリギリになってもゼッケン取りに来てないっていうから探しまくってたら、 海岸の端っこで車ん中で女とやってやがって、結局自分のヒートに間に合わなかったり、、、とにかく、応援行くアタシ達まで何度も恥かかされてさ、、、」


 アヒルは目を丸くし、思わず噴き出しそうになったが、正直笑っていいのかどうか分からず、小さい目をしばたかせて、黙ってホナミの話を聞いていた。


「本当はタケルは上手いのに、とか前は言う人いたけどさ、ハッキリ言って真面目にやってるヤツの迷惑だから、コンペなんて出ない方が良いんだよ!」


「そうそう、オレ、過敏性腸症候群と持続勃起症が治らない限り無理デス。あっはっは!」



 ……何ですかソレ?



 アヒルは、聞いたことも無いような二つ目の病名に顔をしかめた。



「時間制限があるとダメ。だから大会もラブホもキライ。以上」



 それで話しを終わらせようとするタケルに、井田はまだ干渉しようとした。


「また、そんなくだらない下ネタで誤魔化そうとして……オマエさぁ」


 その時、タケルの鼻の左横に、一瞬かすかに横ジワが走った。

 それは機嫌が悪くなる時の前兆だった。


「井田テン、なんか今日、しつこくね? オレがもういいって言ってんだからもういいじゃん」


「ちょっとぉ、せっかくアタシが楽しく飲もうと思って、アヒルも連れて来て、焼きたてのヤキトリ買って来たのにさぁ、なんで」


 すると今度は、井田の干渉の矛先が、ホナミのほうに向けられた。


「ホナミ。そう、思い出した。俺は今日、オマエにどうしても言わなきゃいけない事があった」



 来た……



 という顔をして、今度はホナミが首をすくめ、涼しい目元が引きつった。

 

 アヒルは、さっきまで笑い転げていた時とは店の空気が一変した事に気付き、噛み砕いていた『ナンコツ・タレ』を、ゴクリと飲み込んだ。





ーあたしはアヒル2 完ー


ここで『あたしはアヒル2』は完結し、その後『THE BLUE GARDEN』に続きます。

恋愛というよりは、サーフィン色の強い話になりますが、興味のある方は引き続きよろしくお願いいたします。

読んでくださった方々、ありがとうございます!!

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